研究課題/領域番号 |
16K18270
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
高 旭 東北大学, 多元物質科学研究所, 助教 (80707670)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 製鋼スラグ系肥料 / 非結晶相構造 / 水溶性 |
研究実績の概要 |
本研究は、CaO-SiO2-FeOx系非結晶相を利用し製鋼スラグ系肥料のFe溶出能を向上するため、組成による非結晶相構造及び水溶性の変化機構を解明する事が目的である。酸化鉄価数、酸化鉄濃度、CaO/SiO2が変化した非結晶相を合成しその水溶性を調査した。また、添加酸化物MgO、Al2O3、MnO、P2O5による影響も調べた。その結果、水田灌水初期の水環境では(pH5、空気飽和)、僅かの量でしか溶けないFe2O3非結晶相と比べて、鉄価数の低下によってFeの溶出量は大幅に増加した。Ca、Siも同様な溶出挙動を示した。CaO/SiO2は0.37-0.67の範囲内に上昇するとCa、Si、Feの溶出量が増加し、0.67以上になるとFe、Siの溶出量は減少傾向に転じた。FeO濃度の増加によるFeの溶出量は持続的に上昇し、Ca、Siの溶出量は30%FeOのときに最大値に至った。以上の結果から、非結晶相からFe溶出能を向上するには、FeOが多く含まれること、及びCaO/SiO2を0.67近傍に制御することが重要であると判明した。水溶性に及ぼす構造的な原因について、非架橋酸素(NBO/T)を用いて考察した結果、FeO、CaO濃度の増加によるNBO/Tが多くなりFe溶出量は上昇すると分かった。その原因は、Fe2+、Ca2+は多く存在するとシリケート員環の鎖構造を作れず、低員環且つ高NBO/TのQ0、Q1等構造単位が増えて水溶性に影響したと考えられる。また、Feの溶出に及ぼす影響はCaOよりFeOの方が大きいと確認し、易溶な構造単位を形成するにはFeOが最も有効であると分かった。一方、MgO、Al2O3、P2O5、MnOのいずれを加えるとFeの溶出量は減少し、MgO、Al2O3よりP2O5、MnOによる減少幅が大きかった。これらの添加酸化物により、易溶な構造単位は安定化となったことを示唆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
予定通りH28年度は組成を変化した非結晶相の合成が出来て、その溶出挙動の調査を終了した。本研究で用いた非結晶相では、いずれの組成もCaO/SiO2率が高く、且つ酸化鉄濃度が高いという組成特徴があり、今まで殆ど検討されていないガラス系である。このような非結晶相を合成する際に、ガラス質になるには厳しい冷却条件を要する。様々な検討を行った結果、高温で溶かした融体を冷たい銅板の上に流し込んで、同時に大量のHeガスを噴射する方法に定着した。XRD、EPMAの分析感度では結晶相が観察されず均一なガラス質であることを確認した。また、組成や酸化鉄価数はほぼ目標通りにできた。溶出挙動の調査には、既に確立された方法を用いた。その結果、鉄価数、CaO/SiO2、FeO濃度の変化に応じてFe、Ca、Siの溶出挙動に明確な差異が表して、水溶性は構造に大きく依存する事が明らかになった。構造的な考察について、電荷数が同じであるシリケートネットワーク構造のモディファイアCa2+、Fe2+によって同じNBO/Tに達しても、非結晶相の水溶性に大きく差異があると予想もしなかった結果を得た。更に、酸化物の酸化性や塩基性にも関わらず、MgO、Al2O3、P2O5、MnOのいずれが非結晶相に含まれると、水溶性が低下することが分かった。以上の結果は、H29年度に予定しているFeが溶けやすい製鋼スラグ系肥料の最適作成条件を検討するに必須な前提情報であり、学術的には、非結晶相における水溶性に関する重要且つ新しい知見である。一方、構造解析手法の検討について、遷移金属Feの酸化物を多く含む非結晶相の解析例は殆どなく、Siの員環構造を解析するには既存のラマンでは対応可否のところから挑み始めた。H28年度ではガラス構造解析の専門の先生方と複数回で議論を行い、連携研究体制を構築することができた。
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今後の研究の推進方策 |
H29年度は、引き続き溶出実験前後での各非結晶相における構造単位の変化を測定し、水に溶けやすい構造単位を特定する。これによって、組成変化、構造変化、水溶性変化の関係を定量的解析する。構造解析について、XAFSとメスバウアーを用いて、4配のFe3+(またはFe2+)、6配のFe3+(またはFe2+)の相対存在比率を定量する。また、ラマンを用いて、SiのQ0、Q1、Q2、Q3、Q4員環構造の相対存在割合を定量する。ここで、酸化鉄濃度の高い非結晶相に対し、Siの員環構造を分析する例が極めて少なく、ラマンスペクトルを解析するには工夫が必要と予想している。これに対し、ガラス構造解析の専門の先生方と構築した連携研究体制を活用し、様々な検討を行う予定である。構造の解析方法を確定した後、溶出実験前後に、非結晶相に各構造単位の存在率を比較しバランスを取る。存在率が減少するまたは変化しない構造単位は水溶性の原因となり、存在率が増加する構造単位は水溶性に及ぼす影響がないと考えられる。更に、TEMによりナノスケール的な結晶相の有無を確認し、存在であればその結晶相を特定し、水溶性に及ぼす影響を検討する。一方、H28年度の実験結果を基づいて、水に最も溶けやすい非結晶相が製鋼スラグに多く含まれるように、製鋼スラグの最適作製条件を検討する。この部分は、CaO-SiO2-FeOx三元系のみならず、P2O5、Al2O3、MgO、MnOの濃度一定であるスラグを対象とする。具体的に、高温における多元系スラグを溶かし、冷却開始温度、冷却速度の変化による非結晶相/結晶相の比率を把握する。また、冷却する際に、CO/CO2で雰囲気を制御し、非平衡状態における酸素分圧と凝固したスラグの中にFe2+/(Fe2++Fe3+)の関係を検討する。最後に、水環境でのFe溶出能を評価し、最適な製鋼スラグの作成条件を提案する。
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