研究実績の概要 |
ほ乳類の成体脳では、稀な例外を除きニューロンは新生しない。この例外的現象が起こる場所として、ヒトを含む成体海馬内に存在する歯状回という組織がある。歯状回では神経幹細胞からニューロンの新生が生涯続く。この新生ニューロンを上手く利用することで再生医療に応用されることが期待されている(Akers and Sakaguchi* et al., Stem Cells, 2018 Feb)。新生ニューロンは成熟にともない、既存の神経回路に組込まれながら協調して機能回路を形作ると考えられている。これは細胞の数自体の増減を想定していない既存の記憶メカニズム概念とは大きく異なる可能性がある(Aimone and Gage, Neuron, 2011, v33, p1160)。今回我々は、光遺伝学の技術を用い、新生してからの期間が一定(例えば生まれてから4週後)のニューロンを、特定の睡眠期に焦点を当て、その興奮制御が可能なシステムを開発した。このシステムはリアルタイムで睡眠を判定しながら、新生ニューロンの興奮だけを一過性に高い時間分解能で制御できる点で画期的である。そしてこのシステムを用い、特定の発生期にある新生ニューロンの睡眠中の興奮が、恐怖記憶の固定化に必要であることを見出した。また予想したとおり、睡眠中に新生ニューロンが海馬非依存性の記憶に果たす役割は大きくないことも見出された。これは新生ニューロンの睡眠との機能的相関関係を示した初めての研究であり、今後このメカニズムを詳細に解析することで、ヒト脳がもつニューロンの新生を利用した再生医療への応用へ貢献できると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究を進める中で、記憶の固定化メカニズムについて新しい知見が得られた。まず予備実験を行う中で、恐怖記憶条件付け課題を用い、恐怖記憶の固定化期間にその内容が影響を受けやすい時期があることを見出している(Fujinaka, Sakaguchi* et al., Mol. Brain, 2016, *責任著者)。これはPTSDの患者に頻繁に認められる記憶の汎化というメカニズムを考える上で非常に重要な知見を与えている。また、恐怖記憶の固定化中に、条件付け刺激を睡眠ステージ特異的に与えることで、睡眠構造自体には影響を与えずに恐怖反応を減弱できることを示した(Purple, Sakurai, Sakaguchi*, Sci. Rep., 2017, *責任著者)。PTSDの患者の治療では、長期暴露療法といわれる治療法がよく用いられる。、これは患者にトラウマとなっている記憶を強制的に想起させ、それにともなう恐怖反応を減弱させるという治療方法が最も効果が確認されている。しかし、この方法は長期間に渡り治療を継続する必要があること、恐怖反応を呼び起こすこと自体が大きな精神的負担となり、治療からドロップアウトする原因の一つにもなっている。我々が今回発見した方法によって、この治療期間中に睡眠時の無意識下に音などの外部刺激で恐怖反応を減弱させることができれば、患者の精神的負担を減少させ、治療期間を短くすることも可能になるかもしれない(Akers, Sakaguchi* et al., Stem Cells, 2018, *責任著者)。
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