研究実績の概要 |
ほ乳類の成体脳では、ニューロンの新生は基本的には起こらない。例外的に、海馬内に存在する歯状回では生涯に渡りニューロンの新生が起こる。海馬のニューロン新生は、シナプス可塑性をその基盤とする記憶回路に、細胞そのものが入れ替わるという極めてユニークな可塑性を付加している(Kempermann, Nat. Rev. Neurosci, 2012, v13, p727)。近年、かなり高齢のヒト脳内の海馬でもニューロン新生が持続することが示され(Moreno-Jimnez et al., Nat. Med., 2019, v25, p554)、その医療への応用可能性が模索されている。歯状回では、神経幹細胞からニューロンが新生し、主に顆粒細胞という興奮性の細胞へと成熟する(Aimone and Gage, Neuron, 2011, v33, p1160)。その成熟の過程は、胎児の神経発生と相似性があり、幹細胞の興奮から約4週後に興奮性や可塑性が高まる時期を経て完全に成熟する (Koyanagi and Sakaguchi*, NRR, 2019, Akers and Sakaguchi* et al., Stem Cells, 2018, *責任)。本研究では、この新生ニューロンの成熟過程において、記憶痕跡の形成に新生ニューロンがどの様な機能を果たすかを明らかにする。実際、過去の研究で、新生ニューロンが記憶痕跡の形成に必要であることを示唆するデータを得ている(Arruda-Carvalho, Sakaguchi et al., J. Neurosci., 2011)。このために記憶痕跡の追跡に使われる遺伝子組換えマウス、Ca-imaging、光遺伝学の技術を統合的に運用している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ほ乳類の成体脳では、ニューロンの新生は基本的には起こらないとされてきた。しかし例外的に、海馬内に存在する歯状回では生涯に渡りニューロンの新生が起こる。海馬のニューロン新生は、通常シナプス可塑性をその基盤とするとされてきた哺乳類の記憶回路に、細胞そのものが入れ替わるという極めてユニークな可塑性を付加している(Kempermann, Nat. Rev. Neurosci, 2012, v13, p727)。近年、かなり高齢のヒト脳内の海馬でもニューロン新生が持続することが示され(Moreno-Jimenez et al., Nat. Med., 2019, v25, p554)、その医療への応用可能性が模索されている。歯状回では、神経幹細胞からニューロンが新生し、主に顆粒細胞という興奮性の細胞へと成熟する(Aimone and Gage, Neuron, 2011, v33, p1160)。その成熟の過程は、胎児の神経発生と相似性があり、幹細胞の興奮から約4週後に興奮性や可塑性が高まる時期を経て完全に成熟する (Koyanagi and Sakaguchi*, NRR, 2019, Akers and Sakaguchi* et al., Stem Cells, 2018, *責任)。本研究では、この新生ニューロンの成熟過程において、記憶痕跡の形成に新生ニューロンがどの様な機能を果たすかを明らかにする。我々は過去の研究で、新生ニューロンが記憶痕跡の形成に必要であることを示唆するデータを得ている(Arruda-Carvalho, Sakaguchi et al., J. Neurosci., 2011)。このために記憶痕跡の追跡に使われる遺伝子組換えマウス、Ca-imaging、光遺伝学の技術を統合的に運用している。新生ニューロンは、記憶の学習・想起に重要であることは示されているが、記憶固定化における機能は不明な点が多い。記憶の固定化には睡眠の関与が盛んに検討されているが、新生ニューロンの睡眠中の記憶固定化における機能は明らかでない。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、生ニューロンが睡眠中に興奮することが、記憶の固定化に必要であるという仮説を検証する。睡眠中における記憶固定化のメカニズムとしては、特にノンレム睡眠において記憶がリプレイされることや、海馬のSharp-wave ripplesと呼ばれる特徴的な神経活動パターン、その他の脳部位におけるSlow-waveなどの同期的活動との相関、そしてそのシナプスの可塑的変化(LTP/LTD)との関係などが注目されてきた(Norimotoら,Science,2018,v702p1等)。しかし、個々の神経活動と睡眠中の記憶固定化との因果関係については未解明な点が多い。 一方で学習時に興奮した海馬歯状回のニューロンが記憶痕跡(エングラム)を形成するとされている(Liuら,Nature,2012,v484p381)。本研究では、特に学習中に興奮した新生ニューロンを遺伝学的に追跡する。そして睡眠中の再興奮を明らかにし、さらにそれを睡眠中に制御する。睡眠中に新生ニューロンが記憶痕跡を形成するメカニズムが明らかになることで、睡眠中の記憶固定化のメカニズムの一端が解明される。さらに、成体脳内で未成熟なニューロンが既存の神経回路へと機能的に統合されるメカニズムが明らかにされる。これにより将来、新生ニューロンを用いた新しい再生医療への応用が期待される。
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