ヒトを含む哺乳類の海馬歯状回では、生涯にわたって新たなニューロンが産生され続ける(海馬神経新生)。海馬の新生ニューロンは、認知や情動などの高次脳機能の制御に重要な役割を果たしていると考えられている。近年、麻酔薬として使用されているケタミンが、即効性かつ持続性の抗うつ効果を発現することが報告され、その有効性に注目が集まっているが、作用機序の詳細については明らかとなっていない。そこで本年度は、うつ病との関連が指摘される海馬神経新生現象に着目し、ケタミンの抗うつ作用について明らかにすることを試みた。 実験では、マウスにケタミンを単回投与し、14日後にマウスのうつ様行動と神経新生に与える影響を解析した。マウスにケタミンを投与することで、強制水泳試験を指標としたうつ様症状の改善が見られた。また、ケタミンの神経新生促進作用は、記憶や認知にかかわる背側領域と比較して、気分や情動にかかわる腹側領域で顕著に認められた。さらに、腹側海馬において、新生ニューロンの樹状突起の伸長が認められた。従来から、フルオキセチンに代表される選択的セロトニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬を加齢マウスへ投与しても、神経新生の増加効果が認められないことや抗うつ効果が弱いことが報告されていた。そこで、加齢マウスへケタミンを投与したところ、若齢マウスと同様に、腹側海馬での神経新生増加を認めた。本研究は、ケタミンの抗うつ作用が、腹側海馬における神経新生の促進と関連する可能性を示唆するものである。
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