肝細胞がん(HCC)の発生は慢性炎症と密接に関連する。肝炎ウイルスの感染や、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)などによる慢性炎症により肝線維化が進行し、肝硬変の病態を介して最終的にHCCに至る。しかし、どのような分子機構を介して肝細胞がんが発生するのかは未解明であり、このためにHCCの発生を防止する方法はおろか、肝硬変に対する治療戦略も確立していない。 炎症で重要な役割を果たすIκBキナーゼβ(IKKβ)遺伝子を改変することにより、出生直後から肝細胞死が誘導されて、慢性炎症による肝線維化(肝硬変)の病態を呈するマウスを樹立することに成功した。興味深いことに、IKKβ遺伝子を肝細胞特異的に欠損したマウスではDENによる化学発がんが亢進するのに対して、申請者が開発した肝細胞特異的なIKKβ遺伝子の改変マウスでは、DENによる化学発がんの亢進がほとんど見られない。8週齢の肝硬変モデルマウスの初代培養肝細胞を培養し、マイクロアレイによる遺伝子発現の網羅解析を行った結果、さまざまなCyp遺伝子の発現が顕著に低下していた。また、Cyp遺伝子発現を制御するPXR、CARなどの核内受容体の遺伝子発現も抑制されていた。さらに、PXR、CARの上流の転写因子であるHNF4αの遺伝子発現に変化は見られなかった。この分子機構を解析したところ、慢性炎症が進行している肝臓では、TNFαやIL-1により肝細胞特異的な転写因子であるHNF4αによる遺伝子発現誘導が抑制されていることが、この発がん抑制の原因であることを見いだした。興味深いことに、TNFαやIL-1によりHNF4αのDNA結合領域におけるヒストンアセチル化の低下が見られた。このことから、炎症による肝特異的転写因子HNF4αの活性抑制が、シトクロムp450などの代謝系遺伝子の発現抑制をもたらし、これが化学発がん抑制に至る可能性が見いだされた。
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