環境変動ストレスへの応答は、生物にとって重要である。本研究では、多くの生物にとって効率の良い栄養源であるグルコースの飢餓に対する応答を扱って来た。分裂酵母では、グルコースの飢餓に応答して、非コードRNAに依存した遺伝子発現制御が観察される。近年、非コードRNAによる遺伝子発現の調節の現象が次々と報告されて、機能性lncRNAの重要性が明らかにされて来た。分裂酵母でもlncRNAが遺伝子の発現制御に関与する例が知られている。分裂酵母のグルコース飢餓ストレス応答に必須の酵素をコードする遺伝子fbp1は、近傍から転写されるセンス・アンチセンスlncRNAが転写されることで、fbp1 mRNAが飢餓時にのみ発現するようコントロールしていると考えられている。特に、センスlncRNAはmlonRNAと呼ばれ、fbp1遺伝子座のプロモーター領域から段階的に転写開始点を下流へとシフトさせ、プロモーター領域のクロマチン構造やエピジェネティックな状態を変化させ、さらに転写因子を呼び込み飢餓時のmRNAの転写活性化に機能が解明されてきた。一方のアンチセンスのlncRNAは、mRNAの逆鎖から転写されており、グルコースが豊富な条件下で、fbp1の遺伝子発現を抑制する働きがあると考えられた。なぜわざわざ、このように複数のセンス・アンチセンスのlncRNAが絡む複雑な制御システムが働いているのかを明らかにするため、遺伝子発現や環境ストレス時のリスクヘッジについて、実験的なアプローチと、数理アプローチの両面から検証を行った。積極的な移動手段を持たない酵母が、厳しい環境において生き延びるために、分子レベルでのミクロな現象を駆使し、細胞・細胞集団レベルでのマクロな応答を引き起こす様子がとらえられた。
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