研究課題/領域番号 |
16K18586
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
渡邉 英博 福岡大学, 理学部, 助教 (90535139)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 嗅覚平行処理 / 投射ニューロン / 局所介在ニューロン / 嗅感覚細胞 / 触角葉 / 免疫組織染色 / 嗅覚 / ワモンゴキブリ |
研究実績の概要 |
本研究課題ではワモンゴキブリがもつ二つの独立した嗅覚並行経路でどのように嗅覚情報が抽出・符号化されているかを明らかにすることを目的として研究を行っている。ワモンゴキブリの脳内では1型投射ニューロンと2型投射ニューロンの二種類の二次嗅覚ニューロンからなる嗅覚平行経路が存在し、この二つの投射ニューロンの嗅覚応答の時空間的な応答パターンは一時嗅覚中枢である触角葉内でこれら二つの神経経路を架橋する局所介在ニューロンによって形成されている。平成29年度は上記のことを踏まえ、以下の研究をおこなった。 1. 1型および2型投射ニューロンの応答特性と時間応答パターンの量的解析。170本の投射ニューロンから通常の匂いに対する応答記録を用い、匂いによって引き起こされる1型と2型投射ニューロンの時空間的応答パターンの違いを明らかにした。この結果を論文としてまとめ、国際誌に報告した。 2. 平行経路に出力する嗅感覚細胞の応答解析。1型投射ニューロンと2型投射ニューロンに接続する嗅感覚細胞は異なる触角感覚子に内在していることが分かっている。1型および2型の投射ニューロンの時空間応答パターンの違いが嗅感覚細胞の応答パターンの違いを反映しているか調べるために、単一感覚子記録法を用い嗅感覚細胞の匂い応答パターンを解析した。その結果、投射ニューロンの時空間応答パターンが触角葉内の神経回路によって形成されていることが明らかになった。 3. 特定の匂いによって駆動される脳内ニューロンの網羅的解析。神経活動依存的にリン酸化されるマップキナーゼの抗体を用い、性フェロモンによって駆動される脳内ニューロンを網羅的に明らかにした。特に、触角葉では既知の性フェロモン応答性の投射ニューロンだけでなく、少数のグループの局所介在ニューロンも性フェロモンによって活性化されることが明らかになってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題の大きな柱である「1型投射ニューロンと2型投射ニューロンの応答解析」については、平成29年度中に論文として国際誌に報告し高い評価を得た。そのうえで、平成29年度は研究計画のもう一つの柱である「1型投射ニューロンと2型投射ニューロンの時空間的応答パターンの違いがどのように形成されるか」を明らかにすることを目標とした。まず、匂い情報を投射ニューロンに出力する嗅感覚細胞の応答パターンに注目した。1型投射ニューロンと2型投射ニューロンは異なる触角嗅感覚子に内在する嗅感覚細胞から嗅覚入力を受けているが、これらの嗅感覚細胞の匂いに対する時間応答パターンに大きな差異は見られなかった。この結果は、投射ニューロンの時空間応答パターンの形成には嗅感覚細胞ではなく、投射ニューロン間を接続する局所介在ニューロンが大きく寄与している事を意味している。現在、嗅感覚細胞の匂い応答特性についても引き続き解析している。続いて、特定の匂いに対し、どのような局所介在ニューロンが動員されるかを調べるために、神経活動依存的に細胞内でリン酸化されるマップキナーゼの抗体(抗pERK抗体)を用い、免疫組織染色を行った。この実験では、脳内の処理経路がより明確にわかっている性フェロモンを刺激として用いた。その結果、性フェロモンによって、10数本の局所介在ニューロンが活性化されることが示唆された。ただし、後者の免疫組織染色は実験の条件設定が難しくあくまでも初期的なデータしか出ていない。また、通常の匂いによって動員される局所介在ニューロンもまだ明らかになっていない。当初の計画では、免疫組織染色で同定した局所介在ニューロンからの電気生理記録を予定していたため、実験はやや遅れているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度までの研究により、1型投射ニューロンと2型投射ニューロンの時空間応答パターンの違いは触角葉内の局所介在ニューロンによって形成されることが明らかになってきた。しかしながら、計画をしていた細胞内記録法を用いた実験手法の限界も同時に明らかになった。第一に、多数の局所介在ニューロンが単一の投射ニューロンにシナプスするため、投射ニューロンの応答パターン形成に対する、1本の局所介在ニューロンの寄与は非常に小さい。そのため、今までのような単一ニューロンレベルでの解析では投射ニューロンの応答パターンを明らかにすることは非常に難しい。また、通常の匂い物質の刺激は多数の異なる嗅感覚細胞の発火を引き起こすため、それらの応答を統合する局所介在ニューロンの応答は非常に複雑になる。上記の点を改善するために平成29年度から特定可能で既知の嗅感覚細胞で受容され、特定可能で既知の糸球体と投射ニューロンで処理される性フェロモン経路に注目した解析を進めている。平成30年度はこの流れを引き継ぎ、嗅感覚細胞での性フェロモンの符号化様式の解析を進めるとともに、抗p-ERK抗体免疫組織染色を用いた、触角葉内での性フェロモン回路の特定を進める。また、組織染色法で同定できた嗅覚ニューロンからの嗅覚応答記録も行うことで、投射ニューロンの時間応答パターンの形成機構を明らかにしたい。加えて、平成30年度は当該研究課題の最終年であるので、実験結果の論文化および関連学会での発表も行うつもりである。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)研究計画では薬理学実験用の灌流実験装置の購入を計画していたが、論文の掲載費用および三次元画像解析ソフトウェアの更新に計画外の大きな出費があったため、実験装置の購入を見合わせる必要があった。そのための調整として、残額が生じた。 (使用計画) 本年度は研究計画の最終年であるため、国際誌への論文掲載費や英文校正のための費用を計上したい。また、研究計画では昨年度、購入予定であった電気生理学実験のための灌流装置も予算に計上したい。
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