研究課題/領域番号 |
16K18589
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研究機関 | 国立遺伝学研究所 |
研究代表者 |
天野 孝紀 国立遺伝学研究所, 系統生物研究センター, 助教 (20419849)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 遺伝子発現制御 / エンハンサー / インシュレーター / 形態形成 / 染色体動態 |
研究実績の概要 |
ゲノムは、エンハンサーとプロモーターの相互作用が許容されるTopologically Associating Domains(TAD)という小区画を形成し、そのゲノム領域を単位として遺伝子の発現制御が組織化されている。しかし、TAD 内に複数存在する遺伝子の発現が相互に干渉されずに制御される仕組みは不明である。本研究では、Shh遺伝子座を含むTAD を対象に、この領域に複数存在するエンハンサーがどのようにShh 遺伝子と隣接遺伝子を見分けて、適切に作用するのかを明らかにすることを目的とする。そのために、以下の三点に着目して解析を行った。(1) エンハンサーによる標的プロモーターの認識におけるプロモーターの配列特異性の関与。(2) TAD形成に寄与することが知られているCTCF結合サイトの遺伝子発現への影響。(3) エンハンサーの効果を遮蔽する新規シス因子の同定。(1)の解析のためにShh遺伝子の属するTAD 内の各遺伝子プロモーターを置換したマウス胚を作製し、組織特異的発現におけるプロモーターの役割を明らかにした。(2)のCTCF結合サイトの機能解析のために、Shh遺伝子座内のCTCF結合サイトの欠失変異体を作製し、遺伝子発現解析、表現型解析を開始した。(3)のShh遺伝子座内の新規シス因子の同定のために、培養細胞を用いたアッセイ系を立ち上げ、エンハンサーの効果を遮蔽する機能を有するゲノム配列を同定した。この配列のマウス個体内での機能を調べるため、CRISPR/Cas9系を利用して、欠失マウス系統を樹立中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
エンハンサーが標的遺伝子に作用する際に、各遺伝子のプロモーター配列がどれほどその認識に寄与するか明らかにするために、Rnf32、Lmbr1、Shhのプロモーター配列を相互に置換したマウス胚を作製し、LacZレポーターの発現パターンを確認した。それぞれのプロモーターの機能には大きな違いが認められず、エンハンサーとプロモーターの特異的な相互作用を支える別の制御機構の存在が示唆された。 CRISPR/Cas9 系を利用して、ShhとLmbr1周辺に存在するCTCF結合領域を破壊したマウス系統を樹立した。現在、Shhの四肢エンハンサー近傍の二つ、Lmbr1上流の一つ、Shh周辺の二つの計5つのCTCF結合サイトの欠失マウス個体の作製が順調に行われている。これらの欠失マウス系統についてはそれぞれホモ個体を得ることができており、リアルタイムPCRによる周辺遺伝子の発現量解析と骨格パターンの表現型解析まで進めることができた。さらに、Shhの四肢エンハンサー上流に存在する二つのCTCF結合領域を含む60 kbのゲノム領域を欠失したマウス系統を作製した。このマウスは四肢形成異常を示しており、対象の領域に四肢で機能する新規のシス因子を含むことが示唆された。このマウス系統に関しては、どのようなメカニズムで異常な表現型が引き起こされているのか明らかにするために、ゲノムの欠失部位の周辺に位置する遺伝子について発現解析が進行中である。さらに、この新規シス因子を同定するため、培養細胞を用いたルシフェラーゼアッセイ系を立ち上げた。これにより、対象の60 kbゲノム領域内に330 bpのエンハンサー遮蔽効果を有する配列を同定することができた。現在この配列に結合する転写調節因子を同定するための生化学的解析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
培養細胞系でShhの四肢エンハンサー上流に330 bpのエンハンサー遮蔽効果を有する配列(インシュレーター)を同定した。実際にマウス個体でこのインシュレーターが機能するのかどうか調べるために、CRISPR/Cas9系によりこの配列の欠失個体を作製する。CTCF結合サイトの欠失マウスや60 kbの欠失マウスと同様に周辺遺伝子の発現変動と骨格パターンなどの表現型解析を行う。CTCF結合サイトの欠失マウス5系統に関しては、顕著な形態異常を示さなかったが、Shh遺伝子の発現低下が認められた。同一TAD内の周辺遺伝子についても発現量を定量的に評価し、それぞれのCTCF結合サイトの欠失の影響を明らかにする。また、CTCFはホモ二量体を形成することで、染色体の三次元構造の形成に寄与することがしられている。染色体高次構造捕獲法により、エンハンサー・プロモーター相互作用の頻度の変化を検証する。 ショウジョウバエでは複数のインシュレータータンパク質が同定されているが、脊椎動物ではCTCF以外のインシュレータータンパク質があまりよく知られていない。本研究で同定された330 bpのインシュレーター配列にはマウス胚でCTCFが結合しておらず、新規のインシュレータータンパク質が結合する可能性がある。そこで、候補となるタンパク質をデータベース検索によって絞り込み、実際の結合をゲルシフトアッセイやエンハンサーブロッキングアッセイで検証する。結合性を示したタンパク質に関しては、CRISPR/Cas9系を用いてそのノックアウトマウスを作製し、Shh遺伝子座における発現制御への影響を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請時には、遺伝子プロモーターとCTCF結合サイトの機能解析のために次世代シーケンサーを用いた解析を予定し、そのための予算を計上していた。しかし、作製したノックアウトマウスの表現型解析の結果、これらのシス因子がShh遺伝子座の発現制御に与える影響は大きくないと判断したため、本年度の次世代シーケンサーによる解析をいったん凍結した。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度の解析により、新たなシス因子を同定することができた。当該助成金は、この新規シス因子の機能を解明するための次世代シーケンサー解析もしくは他の生化学的解析の費用として用いる予定である。
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