今年度は、インドネシア南カリマンタン州メラトゥス山系において野外調査を行い、研究目的であるボルネオハヤセガエル属の幼生・成体標本の作製と、それらの形態学的及び分子遺伝学的解析を行った。また、これまでミトコンドリアDNAを用いた解析では妥当な結果が得られていなかった系統群に関して、MIGseqを利用したSNP解析を行い、形態形質と整合する遺伝構造を確認した。これらの結果を、過年度に行った博物館標本の解析と合わせて検討した結果、メラトゥス山系に見られる2種のボルネオハヤセガエル属はいずれも未記載種であり、うち1種はマレーシア領にも生息しているものの、もう1種はマレーシア領からは採集されていない種であることが明らかになった。また、インドネシア領でも地域によってはマレーシア領の既知種が確認され、これまで未知であった各種の全島的な分布が解明されつつある。 本属の多様性の中心は、その生息種数からみて明らかにマレーシア領のキナバル山~クロッカー山系にある。ボルネオ島の最北端、最西端、最南端を巨大な三角形として見た場合、この地域は最北の頂点に相当する。一方、これまでの研究で、この三角形の西の頂点に相当するマレーシア領クバ国立公園に関しては知見の蓄積があり、今回の研究で南の頂点に相当するインドネシア領メラトゥス山系についても詳細な知見が得られた。この3頂点のボルネオハヤセガエル属の種組成は完全に異なっており、その間の地域の種組成は、それらがモザイク状に入り混じった混合集団で説明できることが明らかになってきた。この結果からは、本属の各種が地理的な分断と二次的な分散を繰り返しながら島内で多様化してきた進化史が垣間見える。ボルネオ島の両生類でこのような全島レベルの生物地理的な議論が可能な系統群はこれまでになく、本研究の成果は本島の両生類相の顕著な固有性と多様性の成因を解明する、重要な知見となる。
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