ヒガシニホントカゲの地理的変異をミトコンドリアDNA(mtDNA)と外部形態に基づいて調べた.その結果,本種には,東北地方北西部の集団(北東北集団)と,関東甲信越~東北地方南部と北海道に分布する集団(広域集団)の間に明瞭な差異が認められること,東北地方の太平洋岸一帯の集団は両者の中間的な遺伝的組成を持つことが明らかとなった.mtDNAから推定された集団間の分岐年代および地域ごとの集団遺伝学的特徴から,北日本の本種は以下のような歴史を持つと考えられる.北東北集団と広域集団の祖先は70~140万年前に分化;後氷期に広域集団が北方に分布拡大し,北海道に侵入・定着;その過程で,東北地方太平洋岸部に両集団の中間的な集団を形成形成. 既知の分布地点情報および気候・地形・地熱のGISデータに基づく生態ニッチモデリングにより,北東北集団と広域集団の生息適地の違いを検証した結果,春季の気温・降水量に対する応答における集団間の差異が示唆された. 標本の解剖により,季節ごとの齢構成と成体の生殖腺の発達状況を調べ,生活史の地理的変異を調べた.その結果,低緯度地域の広域集団は,近縁種ニホントカゲの近畿地方個体群とほぼ同じ生活史を持つと推定された.一方,北東北集団と広域集団の北海道の個体群には,いずれにおいても春季~秋季の生殖腺の季節変異が短縮される傾向が認められ,繁殖開始の年齢が1年遅れる可能性も示唆された.これは遺伝的な系統と無関係に生じており,寒冷な気候に並行的に応答した結果と考えられる. 以上の結果から,本種は地理的隔離・二次的接触を伴う複雑な歴史と暖温帯から冷温帯に渡る気候の影響により,特異な多様化を遂げた種といえる.よって,本種は爬虫類の気候変動への応答および寒冷地への適応について理解を深めるたるための好適な題材であり,本研究の成果はそのための研究の基盤となるものである.
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