従来、生態系を「生物種間相互作用からなるネットワーク」とみなし、その特定の構造により生態系が保たれていると予測してきた。しかし、近年の実証研究は、予測とは異なる相互作用ネットワーク構造を見出し、理論の頑健性が揺らいでいる。本研究では、相互作用ネットワーク構造に依存しないより普遍的な生態系の維持メカニズムとして、生態系の“複雑性の多様性”を提案することを目的とした。従来、生物種数や相互作用数を生態系の複雑性の指標とし、その複雑性の維持だけに焦点を当ててきたが、生活史などの時間的複雑さ・生息地の空間的な複雑さなどを含む全生態系に共通する多様な複雑性だけで、生態系の安定性の説明を試みた。これらの複雑性とくに、空間の複雑性や生活史の複雑性は、生態学の逆説を解消する可能性がることがわかった。具体的には、負の複雑性―安定性関係を正の関係に変え、複雑性が生態系の維持に貢献することが期待される。さらに、生息地の複雑さは、群集動態の予測性を向上させること、適応的な移動によって多種の共存が可能になることがわかった。一方、生活史の複雑さは、異質な生息間環境をつなぎ、全体の群集動態を安定化させる働きがあることがわかった。たとえば、寄生虫が異なる生物を乗り移り、水と陸の環境を行き来することで全体としてそれらの生物の共存を促進する可能性がある。これらの加え、申請者の主要理論のひとつ、生物相互作用の多様性と群集安定性の関係についても複数の新しい理論構築を行うとともに、これまであまり研究されてこなかったpHに駆動される微生物群集動態や、種内の多様性と種間の多様性に関する群集安定性理論などについて論文を複数発表した。これらは、すべて生態系の“複雑性の多様性”の一部であると考えられ、いずれも生態系の維持において重要な役割を演じることが期待される。
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