研究課題/領域番号 |
16K18622
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研究機関 | 玉川大学 |
研究代表者 |
宮崎 智史 玉川大学, 農学部, 助教 (20547781)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | カースト分化 / 社会性昆虫 / 無翅女王 / 進化 |
研究実績の概要 |
表現型進化を引き起こす機構の1つとして、進化的キャパシターを介した遺伝的変異の蓄積と解放、そして適応的な遺伝的変異の固定という一連のプロセスが考えられている。本研究では寒冷地特異的に出現するカドフシアリの無翅女王を対象として、上記の表現型進化の機構を解明する。 本種は日本全国に分布し、有翅女王と無翅のワーカーからなるコロニーを形成するが、寒冷な地域では無翅女王とワーカーで構成されるコロニーがみられる。これは寒冷適応に伴って有翅女王から無翅女王の進化が起こったと考えることができる。そこで、祖先的な表現型である有翅女王と派性的な無翅女王の遺伝的差異をゲノムワイドに、あるいはトランスクリプトームレベルで比較することで遺伝的差異を明らかにする。現在、リファレンスゲノムの決定とRAD-seqライブラリー、そしてRNA-seqライブラリーを構築している。 上記の解析で明らかになる遺伝的差異は進化的キャパシターであるHsp90を介して蓄積・解放された可能性がある。従ってHsp90のRNAiによる機能阻害を行うことで、Hsp90による遺伝的変異の蓄積と解放を実験的に再現できると考えた。しかしながらインジェクションによる幼虫へのRNAiは死亡率が高く、Hsp90機能を阻害することはできなかった。そこで、阻害剤であるゲルダナマイシンの経口投与および塗布実験を行ったが、羽化不全が引き起こされ、こちらの実験もHsp90機能を阻害することはできなかった。 Hsp90はシグナル伝達関連因子を標的として変異を蓄積することが知られている。そこで数種のアリでカースト分化に重要な役割を果たす幼若ホルモン(JH)シグナルに注目し、JH類似体であるピリプロキシフェン処理を行った。その結果、無翅女王の分化が幼若ホルモン塗布により抑制されることが示され、無翅女王分化においてJHシグナルが重要な役割を果たすことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ゲノム配列の決定、RAD-seq、RNA-seqといった次世代シークエンサーを用いた解析のためのライブラリー構築が遅れている。本種は体サイズが小さく、抽出できるゲノムDNAやtotal RNA量が少ないため、ライブラリー構築のための最適な実験条件設定が難しいことが理由としてあげられる。PCR増幅を伴うプロトコールでのライブラリー構築などを試みる。 一方でピリプロキシフェンの塗布実験では、JHシグナルを介したカースト分化の抑制効果を確認することができた。 以上のように遅れている部分と当初の計画以上に進展している部分があることから、平成28年度の進捗状況はやや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までの進捗状況を踏まえ、平成29年度は下記の通りに研究を推進する。 リファレンスゲノムの決定からRAD-seq、RNA-seqを実施し、有翅女王と無翅女王の遺伝的差異をゲノムレベルとトランスクリプトレベルで比較する。それにより、有翅女王から無翅女王への進化に伴って固定された遺伝的変異を明らかにする。 また、ゲルダナマイシン投与によるHsp90の機能阻害を行い、カースト分化率への影響を評価するとともに、カースト分化過程の個体からRNAを抽出しておく。RNA-seqの解析結果をもとにカースト特異的な発現遺伝子を特定し、それらの遺伝子発現パターンに対してHsp90の機能阻害が及ぼす影響を評価する。この時、JHシグナル関連遺伝子の発現パターンに対する影響についても注目する。これらの解析により、進化的キャパシターHsp90による無翅女王のカースト分化への寄与について検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次世代シークエンサーを使用した解析が始められなかったため、それらに必要な費用を次年度に繰り越した。それ以外の費用については当初の計画通りに執行できた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度には、繰り越した費用を利用して次世代シークエンサーを利用した解析を実施する。それ以外の費用については当初の計画どうりに執行する。それらの解析により、無翅女王の進化に伴うゲノム配列の変化やトランスクリプトームの変化を明らかにすることが期待される。
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