表現型進化を引き起こす機構の1つとして、進化的キャパシターを介した遺伝的変異の蓄積と解放、そして適応的な遺伝的変異の固定という一連のプロセスが考えられている。本研究では寒冷地特異的に出現するカドフシアリの無翅女王を対象として、上記の表現型進化機構の検証を試みた。 本種は日本全国に分布し、主に有翅女王と無翅のワーカーからなるコロニーを形成する。しかし北海道では無翅女王とワーカーで構成されるコロニーが報告され、寒冷適応に伴って有翅女王から無翅女王への進化が起こったと示唆されている。 本年度はまず、複数地点での野外採集を行い、岐阜の高山域では無翅女王のコロニーが有翅女王のコロニーと同所的に分布すること、そして愛媛の高山域には無翅女王のコロニーのみ分布することを明らかにした。これにより、無翅女王は寒冷気候に適応することが強く支持された。これらの有翅女王と無翅女王の形態的特徴は、いずれの個体群においても共通であった。続いて、北海道個体群と岐阜個体群の両タイプのコロニーを対象に冬期の低温ストレスに対するhsp90発現の応答を調べたところ、両個体群に共通して、無翅女王のコロニーの方が発現応答が弱いことが示された。この結果は、無翅女王のコロニーの方が蓄積した遺伝的変異を解放しやすい状態であることを示唆している。各個体群の有翅女王及び無翅女王、合計96個体を対象にRAD-seqライブラリーを作成し、RAD-seqを実行した。今後、そのデータを用いて有翅女王と無翅女王間の遺伝的差異をゲノムワイドに解析することで、無翅女王の進化過程で固定された適応的な遺伝的変異をスクリーニングできると期待される。
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