アリやハチを含む真社会性昆虫において、繁殖カーストである女王と労働カーストであるワーカーの決定機構の解明は真社会性の進化を理解する上で重要である。特に盛んなアプローチは、女王とワーカー間で遺伝子発現を比較するものである。しかし、カーストは発生初期に識別できないか決定していないという膜翅目昆虫特有の問題があり、既にカーストが分化した発生後期の個体に注目しても責任遺伝子を見つけることは難しい。 上記の問題を解決するため、申請者はカーストが遺伝的に決定しているアリ種を用いて研究を進めた。まず、卵から蛹までの発生ステージごとに液相分離による方法を用いてDNAとRNAを同時に抽出する手法を確立した。外見ではカーストが判別できない発生初期のステージでも、遺伝子マーカーによるカーストの特定が可能であること、及びサイズの小さい発生初期の個体から抽出したRNAサンプルをカーストごとにプールすることで遺伝子発現解析に必要なライブラリ作成が可能になった。申請者は2017年3月から9月末まで研究を中断していたため、次世代シークエンスを用いた発現解析は今年度以降に行う。 また、外見からはカーストの識別は難しいが、薄切切片を作成してヘマトキシリン・エオシン染色を行うことでカーストごとに発生組織学的な違いを見ることが可能になった。 さらに、遺伝的にはワーカーになる個体でも、幼若ホルモン類似体の塗布により女王に誘導可能なであり、本種のカースト決定においても他のアリ種の知見と同様に幼若ホルモンの関与が示された。そこで現在は、研究従属機関のLC-MSを用いて体内の幼若ホルモン(JH)量の測定手法の確立をはじめ、カーストやステージごとにJH量の測定を目指している。 以上、遺伝子発現、発生組織学的知見、JHの測定結果から、遺伝子発現解析だけでは分からないカースト分化機構の総合的理解が進みつつある。
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