遺伝子発現を抑制するRNA干渉(RNAi)の分子認識を担うニ本鎖RNA(dsRNA)を,害虫種の塩基配列にもとづいて設計し,それを農薬(RNA農薬)として害虫管理に利用する戦略が近年注目されている.これまでのRNA農薬研究は咀嚼性の害虫種を中心に進められてきたが,葉肉細胞の内容物を採餌する吸汁性の害虫種はあまりその対象とされてこなかった.そこで本研究では,吸汁性かつ世界的な害虫種のひとつであるナミハダニを対象とし,RNA農薬の開発に向けたdsRNAの経口投与系の構築を試みた.まず,経口投与系として,葉面へのdsRNA塗布(塗布法)およびdsRNA溶液への虫体浸漬(浸漬法)による小分子輸送効果を確認し,さらにこれら手法の低侵襲化を試みた.次に,本種の食細胞の液胞内pHを調整する液胞型ATPアーゼ(TuVATPase)を標的とし,合成したdsRNA(dsRNA-TuVATPase)の塗布法および浸漬法を用いた経口投与によるRNAiの効果を検証した.その結果,dsRNA-TuVATPaseを経口投与されたナミハダニ雌成虫では,TuVATPase遺伝子のノックダウンに加え,消化管内での食物および糞の蓄積による体色の黒化,産卵抑制および致死効果が確認された.これら結果は,食細胞の液胞内pHがRNAiによって撹乱され,消化および排出機能が不全になった可能性を示唆する.今後は,低侵襲な塗布法および浸漬法を基盤としたRNAiスクリーニングを実施し,より致死効果のある標的遺伝子の選定や,担体導入によるdsRNAへの頑健性(特に紫外線に対する防御効果)の付与を検討する予定である.
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