広義ヒノキ科アスナロ属は日本に固有で、冬季に乾燥する太平洋側を中心に分布するアスナロと、主に日本海側の多雪地帯に分布するヒノキアスナロの2変種で構成され、両者は気候に対する局所適応のため遺伝的に分化している可能性がある。本研究の目的は、トランスクリプトーム解析(RNA-seq)により、冬季の低温順化について変種間で分化している遺伝子の候補を探索し、両変種が異なる気候に適応してきた遺伝的なメカニズムについて考察することである。 冬季の低温順化に関連する遺伝子の候補を推定するため、青森県の大畑ヒバ産地別見本林に植栽されたヒノキアスナロ(石川県産クサアテ)1個体の針葉組織を2016年9月から翌年2月にかけて、1月を除き月1回、計5回採取した。低温順化の指標として各針葉サンプルのクロロフィル蛍光測定を行ったところ、秋から冬に向かって耐凍性の上昇が観察された。またRNA-seqにより全サンプルから発現遺伝子の配列情報(以下、発現配列)を取得し、Swiss-protタンパク質データベースへの参照により各コンティグ配列のアノテーションを行なった。各サンプルの発現配列をコンティグ配列にマッピングしたところ、耐凍性の上昇に伴って、有意に発現量が変化する遺伝子が検出された。 次に、上記見本林に植栽されている8産地に由来するアスナロ属8個体から厳冬期の2016年1月に採取した針葉を用いてRNA-seqを行い、発現配列をアノテーション済みのコンティグ配列にマッピングしたところ、アスナロもしくはヒノキアスナロで特異的に発現している遺伝子が複数検出された。これらの結果から、アスナロ属では厳冬季に変種間で異なる発現パターンを示す遺伝子が存在することが示唆された。 今後の展開として、本研究で得られたコンティグ配列を基に、異なる産地由来の多検体について冬季の経時的遺伝子発現の変化を分析・比較することが有効である。
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