本研究は、海洋食物連鎖系の栄養的基盤である懸濁態有機物の栄養価が、微生物(主に細菌)群集による分解・変質を受けることで変化し、懸濁態有機物の餌資源としての有用性(栄養価)が大きく変化するという「細菌による栄養価変換仮説」を検証する目的で実施した。 当初の計画では、天然細菌群集を捕集して全アミノ酸に対する酵素分解性アミノ酸の割合(栄養価の指標)を明らかにする予定であった。しかし、沿岸域には細菌と同サイズの非生物体粒子が無数に存在しており、細菌のみを選択的に捕集することが困難であった。そのため、本研究では計画を変更し、沿岸域から海洋細菌を単離培養し、それらの株について栄養価の評価を行った。また、最も良く使用されるアミノ酸測定法(OPA法)では検出できない第1級アミノ酸も検出できる分析方法 (AQC法) の検討も行った。 長崎県沿岸域より細菌を単離培養し、7株について種同定を行った。その結果、単離された株はいずれも粒子付着画分に多い Pseudoalteromonas属あるいはVibrio属であった。これらの細菌株についてアミノ酸分析を行い、酵素分解性アミノ酸の割合を算出したところ、16-72%と細菌間で大きく異なり、種レベルでその割合は異なっていた。一方で、アミノ酸の組成に関しては細菌による違いは見られなかった。植物プランクトンの酵素分解性アミノ酸の割合は30-35%であるとの報告値から(Dauwe et al. 1999)、植物プランクトンの生産した有機物は細菌群集の付着によりその栄養価が変化することが示唆された。また、細菌種によって酵素分解性アミノ酸の割合が植物プランクトンのそれよりも大きい種と小さい種が存在することから、付着する細菌種によって、植物プランクトンの生産した有機物の栄養価が上がる方向にも下がる方向にも変化することが考えられた。
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