研究課題/領域番号 |
16K18774
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研究機関 | 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 |
研究代表者 |
吉田 武郎 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構, 農村工学研究部門 地域資源工学研究領域, 主任研究員 (80414449)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 流域水循環 / 地表水・地下水交流 / 環境同位体 / 水文モデル |
研究実績の概要 |
日本における農業用取水量は,その取水量の多さに加え,河川の複数地点で繰り返される取水・河川への再流入(還元)により,河川流況,水質,地下水循環に大きな影響を与える.しかし,灌漑地区内の水の動きの把握は困難であった.特に,河川の低水管理で必要とされる還元水の時空間分布については単純な水収支の解析から得ることはできない.数理モデルや水素・酸素等の軽元素安定同位体も利用されてきた.しかし,農業用水の大半が利用されている稲作では,水田に供給された農業用水は降水と混合して循環すること,さらに蒸発に伴う同位体分別効果により水素・酸素同位体組成は時間的に変化することから,灌漑用水の循環機構の解明には至っていない.そのため,水田地域からの流出過程を直接的に評価するには,さらに新しい手法の開発が必要になっている. 本研究では,水素・酸素等同位体比に加え,それを補完する新たな水文トレーサーとしてストロンチウムの安定同位体(87Sr,86Sr)の存在比(87Sr/86Sr,以下Sr同位体比)に着目した.Sr同位体比には,地質的時間スケールを扱わない限りその時間変化を無視できること,同位体分別効果が小さい上に,分別効果を補正して分析できるといった特徴を持つ.すなわち,ある水に含まれるSr同位体比は,土壌や岩石に含まれるSrの溶解や交換,あるいは87Sr/86Srが異なる水との混合によってのみ変化する.そのため,Sr同位体比は水文過程の検証に新たな切り口を提供すると期待される.Sr同位体比の水文分野への適用例は近年数多くなされているが,農業用水など人間活動の影響を強く受ける水環境への適用は少なく,その水文トレーサーとしての可能性は未知である.本研究では,流域におけるSr同位体比の分布・変化から,水循環の時空間構造という基礎的な知見を得た.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
28年度には,典型的な農業用水利用が卓越した扇状地を流れる五行川において,灌漑期(6月)と非灌漑期(10月)に,以下の方法で河川水・地下水・農業用水・土壌水・降水を採水し,その水に含まれるSrの濃度と同位体比を分析した.また,水田圃場および排水路での採水を8月に行い,Sr同位体組成の変化を観察した. その結果,Sr同位体比-1/Sr図上において,五行川の水は最上流から最下流までほぼ直線的にプロットされ,流下に伴ってSr同位体比と1/Sr が単調に減少した.この直線の延長に,五行川上流を流れる幹線用水と下流端近傍にある湧水がプロットされる.このことから,五行川は幹線用水と扇状地を伏流した地下水が混合して生じた河川で,流下と共に扇状地からSr同位体比が低くSr濃度の高い地下水が付加されたという概念モデルが考えられる. 灌漑期における排水路の水は地点よって水質が異なるが,近傍の田面水に比べてSr濃度は高く,Sr同位体比は低い傾向を示した.水田部の土壌水も深部ほどSr濃度が高く,Sr同位体比が低い傾向がみられた.これらのことから,田面水が地下を通過する水に低いSr同位体比をもつ土壌や岩石から溶出したSrが付加された可能性が非常に高い.これらの結果は,上記の概念モデルにおける扇状地の地下水は水田の寄与を強く受けた浅層地下水で,それらが連続的に五行川に湧出していると考えられる.これは,以下に示す灌漑期と非灌漑期での水質変化および水の安定同位体による検討結果とも整合する. 以上より,五行川の河川水は二つの流出経路をもつ端成分の混合によって構成されることが示された.Sr同位体比を使えば,それぞれの寄与率を定量化や流出経路の時間的な変化を捉える可能性があることを示した.
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今後の研究の推進方策 |
29年度は代かき期,出穂期等の人為的な変化の大きい時期に連続的に採水を行ってSr同位体比を分析することにより,水田流域の流出経路の時間的変化を把握することが期待できる. 同時に,水収支の定量化を行うための分布型水循環モデルの高度化を図る.分布型水循環モデルの汎用的な構造は,広域へのモデル展開のための大きな利点である.しかし,同モデルの検証はこれまで本川上の観測点に限られ,取水・還元の影響がより強く現れる支川レベルでの検証はなされていない.支川レベルでの詳細な解析では,個々の農業水利施設に設けられている様々な制約条件を反映したモデルが必要と考えられるが,このような制約条件は施設諸元のデータベースからは必ずしも読み取れず,その他の資料,現地調査等から収集する必要がある.モデルの汎用性を担保しながら精度の高い流出計算を行うために必要な情報量を整理することは,分布型水循環モデルに限らず,農業用水利用を流域スケールで表現するための基本的な指針となる.そこで本研究では,分布型水循環モデルを取水・還元が連続する鬼怒川流域に適用し,モデルに与える農業水利施設の運用に関する情報を段階的に変化させる.それぞれの入力情報に対するモデルの計算精度の変化から,人為的な影響下にある河川において流量を精度よく計算するために必要な情報を明らかにする.また,前年度までの環境同位体データによる検証により,現在のモデル構造を改良する方向性についても議論する.
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次年度使用額が生じた理由 |
サンプル数が予定より少なくてすんだため.
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次年度使用額の使用計画 |
次年度に,消耗品費として使用する.
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