研究課題/領域番号 |
16K18786
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研究機関 | 麻布大学 |
研究代表者 |
鈴木 武人 麻布大学, 獣医学部, 准教授 (90532052)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ヒストン脱アセチル化酵素 / 酪酸 / 栄養代謝 / 性ホルモン |
研究実績の概要 |
反芻動物のルーメン発酵産物のひとつである酪酸は、ウシの重要なエネルギー源でありながら、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を阻害し、エピジェネティックなメカニズムを介して遺伝子発現を調節する。この酪酸の機能を活用できれば、周産期のウシの卵巣での性ホルモン産生や肝臓でのエネルギー代謝を改善できる可能性がある。本年度はウシ初代培養肝細胞と株化卵巣顆粒膜細胞を用いて、これらに関わる遺伝子の発現に酪酸が影響するか、その作用が単胃動物と異なるのかをあきらかにすることを目的とした。 ウシ初代培養肝細胞における脂質代謝は酪酸濃度の高低によって逆の反応を示し、糖代謝においてもインスリン感作時にウシ血中と同じレベルの酪酸濃度で解糖系の律速酵素PFKや脂肪酸合成酵素Fasが抑制されるなどインスリンの作用を打ち消すような特徴的な反応を示した。泌乳牛はインスリン抵抗性を亢進させることで乳糖の合成に必要なグルコースを乳腺に効率的に分配していると言われている。泌乳期の濃厚飼料多給によってルーメンで産生される酪酸が、インスリン抵抗性の一端を担っている可能性が示唆された。 ウシ由来の卵巣顆粒膜細胞で性ホルモン産生に関わる遺伝子の発現が維持されたのは、ウシの血中濃度と同じレベルの酪酸を添加したときだった。したがって、酪酸のHDAC阻害効果を引き出すためには、血中酪酸濃度を一定範囲に調節する必要があるかもしれない。一方、最終濃度1.0 mMより高いレベルの酪酸を添加すると、ウシ由来の卵巣顆粒膜細胞で性ホルモン産生に関わる遺伝子の発現が低くなった。このことは、ウシの血中酪酸濃度を過度に高くなると、繁殖成績の低下につながることを示唆している。 つまり、肝臓のエネルギー代謝や卵巣顆粒膜細胞の性ホルモン産生に関わる遺伝子の発現量を変化させる酪酸濃度は種特異的であることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究計画では、ウシおよびラットの血中酪酸濃度の測定とウシ肝細胞および卵巣顆粒膜細胞における酪酸のHDAC阻害作用の解明を目指し、酪酸添加時のHDACの活性を測定することを優先事項として計画を立案した。しかし、その先にあるHDACによって影響を受けると予測される数種の候補遺伝子の発現量変化が伴わなければ、本研究の目的は達成されない。そこで、本年度はこれらの候補遺伝子の発現量解析をHDAC活性測定よりも優先して行った。この結果から、酪酸によって候補遺伝子の発現量が確実に変化することが分かり、次年度にHDAC活性を測定する意義がますます高まると同時に、より効果的かつ効率的な研究費の執行ができたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
酪酸濃度により発現量の変化の度合が異なった遺伝子について、その変化がHDACを介しているかどうかは確認していない。本研究の特徴はルーメンで産生される酪酸が内因性の調節因子として、HDACを介して遺伝子発現を調節することである。そのため、HDACの活性やヒストンアセチル化の状態を測定し、理論通りの経路で遺伝子発現の調節がなされている事を証明する必要がある。(手法等については研究計画・方法に記載の通り。) また、肝細胞におけるトリグリセライドやグリコーゲンの貯蔵量、卵巣顆粒膜細胞におけるエストラジオール産生量などについても解析し、酪酸による遺伝子発現調節が細胞動態に反映されているかどうかも網羅的に確認する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験に必要不可欠な牛の初代培養肝細胞は、牛の肝臓組織から分離し、培養しなければ得ることはできない。また、肝組織を採取する牛の年齢は若ければ若い(生後6個月未満)方が初代培養の成績が良いことが経験上分かっている。一方、肝組織を採取する牛は、動物福祉に配慮して本研究のために用意してと畜することはせず、本学付属動物病院の患畜として入院し、何らかの疾病によって死亡、または実習において教育目的でと畜された子牛の中から、病変のない肝臓を選択し、本研究に用いている。例年の入院患畜数等を考慮して研究計画を立てているが、必ずしも予測通りに安定して子牛の肝臓が供給される訳ではない。本年度は初代培養に用いることができる子牛の肝臓を採取できる機会がやや少なかったこともあり、予定していた数量の試薬を使用することがなかったため、少額ではあるが経費に残額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
基本的には計画通りに予算を執行するが、予定通り子牛の肝臓組織を採取することができれば、一度に培養する初代培養肝細胞を増やして(n数を増やして)実験精度を高めるために使用したい。
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