化合物の結晶多形は、水への溶解性や経時安定性といった物理化学的な物性が異なる。特に固形製剤の場合、原薬の結晶多形間における物性の違いは、バイオアベイラビリティーといった治療効果にも影響を与える場合もある。そのため、原薬結晶形の把握は、製剤設計段階および工程管理において重要な検討事項である。上述の背景から、最終製品の原薬結晶形の把握ならびにその定量は急務であると考えた。本研究の目的は製剤中の結晶形の検出とその定量法の開発である。本研究では、分析法として非破壊・非接触で分析できるラマン分光法に着目した。通常のラマン分光法では結晶多形間で官能基由来のピークにわずかなシフトがみられるが、化合物によっては違いが検出できないケースもある。一方、近年開発されたノッチフィルターは励起光付近のレイリー散乱を特異的に除去できるため、これまでに取得が困難であった低波数領域のスペクトルの取得ができるようになった。低波数領域は結晶形に固有な分子間水素結合やファンデルワールス相互作用に起因したスペクトルが得られる。通常のラマン分光法は励起光を化合物に照射し、表面から数百μm程度の後方散乱型であるが、錠剤の場合、厚さが数mmあるためその内部の情報を得るには励起光の照射面と反対側から散乱光を検出する透過型が最適であると考えられる。本研究では低波数ラマン分光器の光学系の設定を変え、透過型スペクトルが得られるジオメトリーを開発した。低波数領域は通常領域と比べ、結晶多形の識別が容易であった。モデル結晶多形としてカルバマゼピンI形とIII形の比率を変えて調製した錠剤のスペクトルを取得した。実際の含量と部分最小二乗法(PLS)により求めた予測含量との関係を検量線としたところ、開発した透過型は後方散乱型よりも誤差が小さいため、固形製剤中結晶多形の定量には透過型低波数ラマン分光法が有用であることを明らかにした。
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