先行研究結果は、不活動や各種疾患に伴う筋細胞質内カルシウムイオン濃度の増加がタンパク質分解系を活性化させ筋萎縮誘発の引き金となる可能性を示唆している。しかし、筋萎縮過程に筋細胞質内のカルシウムイオン濃度が上昇する分子メカニズムは明らかにされていない。研究代表者は、細胞質内のカルシウムイオンを筋小胞体へ取り込む際に重要な筋小胞体カルシウムATPase(SERCA)の機能を抑制することが知られるサルコリピンが上記の分子メカニズムに関与する可能性について検討した。 坐骨神経切除手術の3、7、14日後のマウスより摘出したヒラメ筋および長趾伸筋を用いてウェスタンブロッティング法によるタンパク質発現量解析を実施した。その結果、ヒラメ筋においては筋湿重量の減少に並行してサルコリピンの発現量が顕著に増加することが明らかになった。また、サルコリピンと同様の機能を有するホスホランバンの発現量も顕著に増加した。さらにこの時、サルコリピンおよびホスホランバンの発現量増加に比べれば軽微であったが、SERCA2の発現量は増加した。一方、長趾伸筋では筋湿重量減少に並行したホスホランバンの発現量増加は確認できたものの、その程度はヒラメ筋に比べて軽微であり、サルコリピンの発現量増加は坐骨神経切除後14日目においても確認できなかった。また、SERCA1の発現量は減少した。 以上の結果から、ヒラメ筋および長趾伸筋におけるSERCAを介した細胞質から筋小胞体へのカルシウムイオンの取り込み能は筋萎縮の進行とともに低下することが推察できる。したがって、本研究結果はSERCAの機能を抑制するタンパク質の発現量増加は、筋細胞質内のカルシウムイオン濃度を増加させるきっかけではなく、筋萎縮開始時に上昇した筋細胞質内のカルシウムイオン濃度を高いまま維持する、またはさらに上昇させる要因となっていることを示唆している。
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