強い心理ストレスによる負の情動記憶は音や場所などの条件刺激によって想起されると、動悸や体温上昇といったストレス反応を引き起こし、心的外傷ストレス症候群の原因ともなる。研究代表者は、人の心理ストレスモデルである「社会的敗北ストレス」を受けたラットが翌日以降もストレスを受けていないにもかかわらず同じ時間に褐色脂肪熱産生が亢進し、体温が上昇する生理反応を見出した。本研究計画では、この想起ストレス性熱産生反応を駆動する脳の神経回路を明らかにする。研究代表者はこれまでの研究から、視床下部背内側部(DMH)から延髄縫線核(rMR)の交感神経プレモーターニューロンへの直接の興奮性の神経伝達が、ストレス性交感神経反応を駆動することを明らかにした。一方で、扁桃体に記憶された負の情動記憶は、ストレス反応を引き起こすことから、強い心理ストレスに伴う想起性体温上昇反応に扁桃体が深く関与するものと考えられる。そこで、本研究計画は心理ストレス記憶を想起した際の体温上昇メカニズムを明らかにすることを目的とし、情動記憶に関与する扁桃体からDMH―rMRへ情動信号を伝達する神経回路の解明を行う。免疫組織化学実験を用いた解剖学的解析を行った結果、前脳ニューロンからDMHへ投射する神経細胞群が心理ストレスによって活性化することが示唆された。続いて、前脳ニューロンからDMHへの直接の投射がストレス反応を惹起させるか検討するためこの神経経路を選択的に破壊するアデノ随伴ウイルスを前脳ニューロンへ注入したラットへ心理ストレスを与えるとストレス性褐色脂肪熱産生と体温上昇が強く減弱した。前脳ニューロン群は扁桃体と相互にネットワークを形成していることが報告されている。今後も引き続き、心理ストレスに伴う想起性体温上昇反応を惹起する神経回路の解析を継続し、将来的なストレス疾患の緩和に向けた応用研究へ発展させたい。
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