研究実績の概要 |
アデノシン三リン酸(ATP)は動物の細胞における主要なエネルギー通貨として、細胞内で生合成され、脳においては細胞膜電位の維持や神経の活動電位、シナプス伝達などに用いられる。ex vivo先行研究から、ATPの細胞内濃度は、細胞のエネルギー合成とエネルギー消費活動の両方の影響を受けることが示されている。しかし、生きた動物の脳内で、細胞内ATP濃度がエネルギー合成と消費を反映して生理的に変動しているのか、あるいは常に一定に保たれているのか、これまでリアルタイム計測する方法がなく、明らかにされてこなかった。 本研究では、蛍光ATPプローブ(GOATeam; Nakano et al., 2011, ACS Chem Biol.)を細胞質に発現するノックインマウスとファイバフォトメトリー(Natsubori et al. 2017, J Neurosci.)を用い、マウスの睡眠覚醒に伴う大脳皮質の細胞内ATP動態をリアルタイムで測定した。動物の睡眠覚醒に伴い、脳血流や細胞へのグルコース取込能、神経活動等が変動することから、脳内のエネルギー合成と消費が共に変動することが示唆されている。大脳皮質の細胞内ATPは、マウスの覚醒からノンレム睡眠への移行時に低下し、レム睡眠時に大きく低下した。このレム睡眠中のATP低下は、エネルギー供給を意味する脳血流の増大を伴っていたことから、レム睡眠中にはエネルギー供給増加を上回るエネルギー支出の増加が生じている可能性が示唆された。また大脳皮質の細胞内ATP動態は、ノンレム睡眠中の脳波デルタパワーと相関を認めなかったことから、動物個体の睡眠を駆動するホメオスタシスとは無関係である可能性が示唆された。これらの結果から、大脳皮質の細胞内ATPは、睡眠覚醒に伴う細胞のエネルギー消費と供給の動態を反映して変動している可能性が考えられた。
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