脳虚血耐性とは、あらかじめ非侵襲的虚血(Preconditioning; PC)を経験しておくと、その後の侵襲的虚血に対する抵抗性が獲得される現象である。我々はこれまでにPC後に活性化するアストロサイトが虚血耐性獲得に重要であること、その分子メカニズムとしてP2X7/HIF-1α経路が関与していることを報告した。PC後のHIF-1α発現亢進は神経細胞とアストロサイトで認められるが、なぜ神経細胞由来のHIF-1αではなく、アストロサイトのHIF-1αが虚血耐性獲得に重要であるかは不明であった。今回、初代培養細胞を用いたin vitro実験と中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルを用いたin vivo実験の検討により、神経細胞とアストロサイトでHIF-1αの発現メカニズムに違いがあることを見出し、この違いがアストロサイトHIF-1αの重要性を説明する上で鍵となることを明らかにした。低酸素時、酸素依存的にHIF-1αを分解する酵素PHD2の阻害によりHIF-1αは蓄積し、さまざまな神経保護分子の産生が誘導されることが知られている。神経細胞のHIF-1αはこのメカニズムを介して発現するのに対し、アストロサイトのHIF-1α発現は低酸素非依存的であり、その代わりにP2X7受容体に依存的であった。また、PHD2の発現レベルは、神経細胞と比較し、アストロサイトでは顕著に低かった。さらに、低酸素により誘導される神経細胞HIF-1αの発現亢進は一過性であるのに対し、P2X7受容体活性化によるアストロサイトHIF-1αの発現亢進は持続的であった。これらの結果から、アストロサイトHIF-1αはPHD2による分解を受けないため、発現が持続することが考えられた。以上のことから、アストロサイト性脳虚血耐性は、P2X7受容体を介する持続的なHIF-1α発現亢進により、神経保護効果を誘導することが示唆された。
|