研究課題
生物は限られたシグナル伝達経路を用いて数多くの刺激パターンに対応している。シグナル伝達経路の本質の一つは、多彩な出力を限られた分子またはネットワークにコードするシステム機構にある。本研究の目的は、骨格筋に着目しインスリンの時間パターンによるAkt経路を介した代謝調節(タンパク質合成とグリコーゲン生成)を実験と数理モデルを用いて解明することである。インスリンのどのような時間パターンが下流のシグナル分子や代謝調節を選択的に制御しているかを定量化し、骨格筋を制御するインスリンシグナル伝達経路の時間情報コードを明らかにする。本年度は、リン酸化Aktとタンパク質合成を制御するリン酸化S6Kに着目しFRETバイオセンサーを用いたライブセルイメージング計測系の立ち上げを行った。(FRETバイオセンサーは京都大学青木一洋博士より分与頂いた)。マウス筋管細胞C2C12(未分化)に対してPiggyBacトランスポゾンシステムを用いてFRETバイオセンサーを安定発現した細胞株を樹立し、筋分化誘導行いライブイメージング計測を行った。0から100nMまでの11インスリン濃度を用いてインスリンステップ刺激を行い、骨格筋におけるリン酸化Akt及びS6Kの経時応答を取得した。大津の二値化法とトライアングル法を組み合わせた自動画像認識法を開発し、インスリン刺激に対する1筋チューブレベルでのリン酸化Akt及びS6Kの時間応答の定量化を行った。時間応答データに対して、特徴量抽出(ピーク値、ピーク時間、応答面積など)を行い、1筋チューブレベルでの応答ばらつきを定量化した。さらに未分化C2C12細胞を用いて、インスリン刺激後の各時間ごとのS6K応答分布に対してShannon情報量エントロピーを計算し、情報工学の観点からのインスリンシグナル伝達経路の情報伝送能力を評価した。
2: おおむね順調に進展している
本年度はリン酸化Akt及びS6Kと着目しFRETバイオセンサーを用いたライブセルイメージング計測系の立ち上げを行った。また定量的な画像解析法を開発して、シングルチューブごとのシグナル活性の時間応答をアンバイアスに定量化することが可能となった。定量的ライブセルイメージング計測により、空間・時間分解能高く実験データを計測することができるようになり、今後のインスリンシグナル伝達経路の数理モデルの構築に向けての準備が整った。
まず今回開発した大津の二値化法とトライアングル法を組み合わせたシングルチューブの自動画像認識法を画像解析の手法論文として纏める予定である。さらにすでに取得しているインスリンのステップ刺激データを用いて、インスリンのどのような時間パターンの特徴が下流分子に伝達できるかというフィルタリング特性を定量化するために、システム同定解析を行う。従来のシステム生物学研究で有用されている常微分方程式による生化学反応モデリングは、事前に詳細な経路やパラメータが分かっているケースに限られており、適用範囲が狭いという問題がある。工学のシステム同定手法を用いて、対象のネットワーク構造に未知の経路の寄与が強い場合でも、実験データだけからシステム特性を明らかにすることができるモデル化手法の適用を行う。このモデル化手法を用いることにより、シグナルの強度(ゲイン応答)や非線形性など推定することでき、上流分子のどのような周波数成分が下流に伝わるのか(つまり“シグナルの伝わりやすさ”)という選択的な制御機構を明らかにすることが出来る。また得られたシステム特性を、光刺激によるAKT活性化システムを用いて検証・予測を行う。最後に得られた知見を生物学の学術論文として纏める予定である。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (7件) (うち招待講演 1件)
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