研究課題
ABC輸送体はこれまで薬剤排出輸送体として癌治療抵抗性との関連が主に報告されている。申請者は「ABC輸送体C11(ABCC11)発現を有する乳癌の予後が不良であること」を報告してきたが、その機序についてはいまだ明らかになっていない。一方、新規脂質メディエ―ターであるスフィンゴシン1リン酸(S1P)は、細胞内での生成・細胞内から外への排出・受容体への結合を経て細胞増殖・浸潤や免疫細胞や脈管細胞の遊走に寄与する。申請者らは「S1Pが乳癌微小環境形成に寄与していること、炎症性サイトカインのフィードバックを引き起こすこと」などを解明してきた。本研究では、乳癌におけるABC輸送体によるS1Pの排出に注目し、「S1Pは細胞内で生成されるだけではその作用は十分に発揮されず、細胞外に汲みだされたS1Pによって腫瘍自身の増殖が促進され、また癌の微小環境が整えられることで乳癌の発育が促進される」という仮説を立て、本研究を企画した。平成29年度は,これまで行ってきたABC輸送体過剰細胞乳癌細胞を用いた細胞実験を基に,マウスへの同種移植および異種移植モデルを用いてS1PがABC輸送体によって汲み出されることで乳癌の発育を促進し,微小環境,特に血管・リンパ管新生を促進させていることを立証した.またヒト乳癌手術検体におけるABC輸送体とS1P関連因子の発現解析を免疫組織学的染色によって行い,S1P生成酵素とABC輸送体が共発現する乳癌は共発現していない乳癌と比べると有意に予後不良となることを明らかにした.乳癌及びS1Pに関する研究を国内学会および国際学会で発表し、ABC輸送体の一つABCC1がS1P排出を介して微小環境を整え乳癌の予後を悪くすることを科学論文に投稿し採択された。新規S1P輸送体であるABCC11については次年度の実験結果と共にまとめていく予定である
2: おおむね順調に進展している
平成29年度は,研究Ⅰ~Ⅲの実験を並行して行い.概ね計画通りに進んでいる.以下に進捗状況の詳細を記載する。研究Ⅰ ABCC11の発現多寡によるS1Pシグナル経路の活性の変化の解析、および増殖・浸潤・薬剤耐性といった細胞の生物学的特徴の変化の解析:今年度は複数のABC輸送体(ABCB1,ABCC1, およびABCC11)を過剰発現させた細胞群とコントロールの細胞群を使用し,癌細胞自体の増殖・遊走・生存能などが亢進することが確認された。更にABC輸送体過剰発現細胞の培養液を血管上皮細胞やリンパ管細胞に添加すると血管およびリンパ管の増生が促進されることを確認した.研究Ⅱ ABCC11過剰発現乳癌細胞を用いたマウス同所移植モデルによる、微小環境解析:昨年度樹立したマウスおよびヒトABC輸送体安定過剰発現乳癌細胞をマウス乳腺へ移植し,コントロールの乳癌細胞と比べて腫瘍の増殖速度が速く遠隔転移を来しやすく,腫瘍周囲の血管・リンパ管の増生が促進されることを確認した.研究Ⅲ ヒト乳癌組織におけるS1Pシグナル系と微小環境との関連の検証:ヒト乳癌の組織マイクロアレイを用いて,ABC輸送体およびS1P関連因子の免疫組織学的染色法による発現解析を行った.進行した乳癌で,S1P生成に関わる酵素(Sphingokinase 1:SphK1)がより高頻度で発現していた.またS1Pをくみ出す輸送体であるABCC1およびABCC11とSphK1が共発現した乳癌は予後が不良であったが,S1Pを汲み出さないABCB1とSphK1が共発現しても予後不良とならず,ヒト乳癌においてもS1Pの細胞外への汲みだしが予後不良因子となる可能性が示唆された.
平成30年度はこれまで行った基礎実験(研究Ⅱ)で採取したサンプルを用いてS1P関連因子や微小環境に関する更なる解析を行っていく.また研究Ⅲにおいて,微小環境,特に免疫関連に関する検証を進め,新規S1P輸送蛋白であるABCC11とS1Pの微小環境における役割を明らかにし科学論文に投稿する.
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Cancer Research
巻: 78(7) ページ: 1713-1725
10.1158/0008-5472.CAN-17-1423
Mol Cancer Res
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
10.1158/1541-7786.MCR-17-0353