本研究では膵β細胞におけるMEK/ERKシグナルの役割を検討するため、膵β細胞特異的Mek1/2欠損マウス (以下βKOマウス) を作成し、解析を進めた。βKOマウスは通常食飼育では耐糖能に異常をきたさなかった。一方、高脂肪食負荷条件で飼育すると随時血糖値の上昇と随時インスリン値の低下を認めた。また、長期 (約5ヶ月) に高脂肪食を負荷した場合にはグルコース負荷試験においてインスリン分泌不全と耐糖能異常を示した。長期高脂肪食負荷したβKOマウスの膵臓切片では、対照群マウスに比べて1/2-1/3程度にまで膵島面積が有意に低下していた。また、今年度新たに実施した高脂肪食8週負荷マウス膵臓切片でのKi67染色ではKi67+の膵β細胞の割合がβKOマウスで有意に低下していた。そこで、高脂肪食負荷初期および中期のβKOマウス・対照群マウスの単離膵島を用いてRNAシークエンス解析を行い、Q-PCRと合わせて遺伝子発現を評価したところ、βKOマウス膵島における複数の細胞周期関連遺伝子の発現変化を見出した。高脂肪食下のβKOマウスではこうした遺伝子発現の変化等を原因とした膵β細胞の増殖不全が生じており、これが膵島容量の低下とインスリン分泌不全の一因となっていることが考えられた。以上から膵β細胞におけるMEK/ERKシグナルは、特にインスリン分泌需要の高まる高脂肪食時に重要であることが示された。また、2型糖尿病モデルのdb/dbマウスではインスリン抵抗性亢進に対応するだけの十分なインスリンを産生できないが、今年度新たに、db/dbマウス膵島ではERKのリン酸化が低下していることを見出した。ERKのリン酸化の低下が、db/dbマウス膵島が十分なインスリンを産生できない一因となっている可能性が考えられ、膵β細胞におけるMEK/ERKシグナルの重要性を示唆する傍証の一つと考えられた。
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