ピロリ菌感染に伴う細胞内活性酸素種(ROS)の蓄積やグルタチオン(GSH)の分解については多くの研究がなされており、感染細胞内におけるこれらの変化が最終的に酸化ストレスによるDNAダメージとなり、胃癌発生に寄与していると考えられている。近年、γ-glutamylcycle内の新たな酵素として、Cation transport regulator 1 (CHAC1)が同定された。CHAC1はGSHを5-oxoproline とcystenylglycineにダイレクトに分解できるため、数少ない細胞内に存在するredox balanceを維持する上で重要なGSH分解酵素の1つであると考えられている。そこで、本研究では、ピロリ菌感染細胞内のGSH及びROS量を測定し、さらにROS蓄積によるDNAダメージがもたらすTP53遺伝子変異の誘導について解析を行った。本研究の結果、cagA陽性ピロリ菌が感染したヒト胃上皮培養細胞(AGS)においてCHAC1の過剰発現が誘導され、その結果、GSHの分解、さらには活性酸素種(ROS)の蓄積を導くことを発見した。酵素活性を有するCHAC1を過剰発現させたAGSではTP53遺伝子の塩基置換が誘導され、一方、酵素活性を有さないCHAC1変異体を過剰発現させた場合には、その変異は一切認められなかった。また、cagA陽性ピロリ菌感染によるCHAC1の過剰発現によってもTP53遺伝子の塩基置換が誘導されたが、siRNAによりCHAC1発現を抑制した場合には、ピロリ菌の感染による遺伝子変異は完全に抑制された。このことから、ピロリ菌感染により誘導されるCHAC1の過剰発現が、感染細胞内のGSHを分解し、細胞内ROSの蓄積によるDNAダメージを誘導し、TP53遺伝子変異を惹起することで、ピロリ菌感染胃癌の発生に寄与していると推測される。
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