ヒトにおいてワクチンによって誘導される免疫応答には個体差があるが、現行のワクチン接種は一律であり、免疫応答の差は考慮されていない。カニクイザルの末梢血を解析した結果、単球上の潜在型TGF-β(latency-associated protein: 以下LAP)の発現比率は個体によって大きく異なり、その発現比率が異なる個体にインフルエンザウイルス全粒子ワクチンを接種した結果、単球上のLAPの発現比率が低いサルはLAPの発現比率の高いサルと比較して、ワクチン抗原特異的IgGが有意に高かったことから、LAPの発現比率によって免疫応答が異なると仮説をたてた。 本研究最終年度では、単球上のLAPの発現比率による免疫応答の差を検証するため、単球上LAPの発現比率が高いサルと低いサル各3頭にワクチンを接種してから5年後、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスを感染させ、感染性ウイルス量の測定と肺における網羅的遺伝子発現解析を行った。その結果、ウイルス量はLAP発現比率の低い群において、LAP発現比率の高い群と比較して、気管拭い液中では感染1-5日後のいずれの時点でも少なかった。鼻腔拭い液中、気管支擦過液中におけるウイルス量は2群間の差に一定の傾向はみられなかった。感染7日後の肺を用いた網羅的遺伝子発現解析では、統計学的に有意な差のある遺伝子は見られなかった。 試験管内では単球表面におけるLAPの発現が非常に不安定であったことから、TGF-βは生体内恒常性を保つために速やかに潜在型から活性型になり、免疫応答を調節している分子であることが分かった。生体内感染実験の結果からは、単球上のLAP 発現率の低い個体の方がワクチンによって有効な免疫応答が誘導できることが推測された。
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