研究実績の概要 |
医療におけるレジリエンスの具体的な事例として、患者の容態に合わせて診療ガイドラインから診療行為を変更した症例を対象とした。具体的には、深部静脈血栓症(DVT)を対象とし、その予防対策の実施状況を確認した。DVTの予防については、日本循環器学会などの合同研究班から出されているガイドラインで規定されている。 2017年4月から2019年3月の対象患者27,077人のリスク評価の結果は、リスクなし15,615人、低リスク1,350人、中リスク3,695人、高リスク6,183人、最高リスク234人であった。ガイドライン上の評価ではリスクがないと判定された患者についても、予防対策が実施されている症例が見られた。そのうち、手術ありの症例では間欠的空気圧迫法や弾性ストッキングなどの物理的な対策が実施されていたが、手術のないリスク無しの患者に対しては、未分画ヘパリンやワルファリンなどの薬剤を用いた対策を実施されている患者も見られた。リスクとしては評価されなくとも、医師の判断でDVT発症を防ぐためにガイドラインから逸脱して予防を実施していたことが見られた。その判断基準は、年齢、入院中の治療行為、過去の既往において血栓を考慮する症状の有無などが挙げられた。 ガイドラインは関連学会の専門家が科学的根拠に基づいて示されたものであるが、医療の現場において、実際の患者を正しく評価、観察することで、ガイドラインからは逸脱するもののあえて、予防対策を実施する症例や、リスクが高くとも出血傾向が高い場合には必要な予防策を取らずに経過を観察しつつ治療を続けるなどの行為を実施している。こうした結果から、医師の裁量性と従来言われていたものがレジリエンスの機能を果たしている部分であり、大きな医療事故を防ぐために重要であったことが推察された。
|