研究課題/領域番号 |
16K19300
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
垣本 由布 東海大学, 医学部, 助教 (40734166)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 心臓性突然死 / miRNA / シーケンシング / ヒト心臓組織 |
研究実績の概要 |
本年度はバイオマーカー探索の前段階として、ホルマリン固定(FFPE)組織を用いたmiRNAシーケンシングで信頼性のある定量結果が得られるかを検討した。 (1)同定結果:同一剖検例(n=3)の心臓凍結組織とFFPE組織を用いてmiRNAシーケンシングを行った。凍結組織からは646万リード、FFPE組織からは1139万リードが得られた。両組織ともに22ntのリードピークを認めたが、FFPE組織では11ntのリード数がより多かった。凍結組織では32%のリードがmiRNAデータベースにマッピングされたのに対して、ホルマリン固定組織では9.4%のマッピング率に留まった。FFPE組織では、主に3’末端側から断片化が進行しており、リード数の増加とマッピング率の低下を招いたと考えられた。 (2)定量結果:上位240種のmiRNAについて、凍結組織・FFPE組織での発現量は指数スケールでは概ね良好な相関を認めた(0.88<r<0.92)。しかし、99種のmiRNAは両組織間で2倍以上の発現量の増減がみられた。FFPE組織で減少した30miRNAはGC含有率が低く(36±6%)、相対的に増加した69miRNAはGC含有率が高かった(54±9%)。そのため、シーケンス結果を総リード数で標準化した場合、発現最多のmiRNAは凍結組織ではmiR-1-3pだったのに対して、FFPE組織ではmiR-133a-3pとなる等の不一致が認められた。 (3)バリデーション:GC含有率の異なるmiRNA(27-64%)について、10名分の凍結組織とFFPE組織を用いてリアルタイムPCRを行った。FFPE組織では、GC含有率40%以下のmiRNAが有意に減少していた。 以上の結果から、FFPE組織ではmiRNAが不均一に断片化しており、包括的なmiRNAシーケンスでは定量性が必ずしも保証されないことが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
順調であった点:剖検組織からのmiRNA抽出、次世代シーケンサーを用いたmiRNAシーケンシング、得られたデータの統合処理手法は確立できた。 新たな発見:これまでも凍結組織とFFPE組織でのシーケンス結果を比較する報告は複数あったが、その定量性については指数スケールで概ね良好な相関を確認するにとどまっていた。本研究では個々のmiRNAの発現量まで注目し、実際にFFPE組織を用いたシーケンシングで有用な定量結果が得られるかを検討した。その結果、FFPE組織内では主に3’末端から断片化が起こること、GC含有量が少ないmiRNAは劣化が進行していることが明らかとなった。このような保存過程での変性が影響し、FFPE組織でのシーケンス定量結果は凍結組織と一致しない場合がある。これは疾患特異的なmiRNAを探索するうえで大きな障壁となる。miRNAシーケンスはバイオマーカーのスクリーニング法として有用であるが、その分析試料としてはFFPE組織よりも凍結組織が望ましいと判断した。 計画の変更点:FFPE組織を用いると、顕微鏡下で詳細な組織所見を得たうえでサンプリングを行うことができ、より病巣特異的なバイオマーカー探索が行える。本研究も当初、FFPE組織の病理組織学的利点を生かし、心臓の刺激伝導系に沿って解析を行う予定であった。しかし今回、FFPE組織を用いた定量シーケンスの限界が明らかとなったため、今後は肉眼的サンプリングが可能な心肥大症例の凍結組織を用いて研究を進めていく。
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今後の研究の推進方策 |
FFPE組織を用いたmiRNA定量シーケンスの限界が明らかとなったため、今後は凍結組織を用いたmiRNAシーケンスを研究の軸とする。当初はFFPE組織を用いて顕微鏡下で心臓刺激伝導系のサンプリングを予定していたが、今後は凍結組織を用いて肉眼的に安定してサンプリングが可能な左室自由壁の組織を解析対象とする。左室自由壁は当初の計画でも凍結サンプリング部位に含まれているため、これまでに収集した組織試料を活用できる。また、1症例あたり1カ所のサンプリング部位に絞り込んだことで、当初の計画より症例数を増やして解析を行うことができる。miRNAシーケンスおよびリアルタイムPCRの実験手法はすでに確立できており、今後も効率的に行える。 対象疾患としては、心肥大による心臓性突然死症例を想定する。法医解剖症例では心肥大をしばしば認めるが、心不全を伴わない生理的心肥大と致死的心不全をきたす病的心肥大の鑑別は肉眼的に困難である場合が多い。ANPやBNPといったタンパク質が心不全マーカーとして知られているが、生理的心肥大と病的心肥大について分子学的差異はいまだ十分に明らかとなっていない。本研究では、生理的心肥大例と病的心肥大症例の心臓組織でのmiRNA発現を比較することで、心不全重篤化の診断マーカーとなるmiRNAの発見を目指す。実際に心不全で死亡した患者の心臓組織をシーケンシングすることで、法医解剖における診断精度の向上と致死的心肥大の病態解明が期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
使用する次世代シーケンサーとして、当研究室が所有するLife Technologies社のIonPGMを予定していたが、学内共用機器としてIllumina社のMiSeqが使用可能となった。そのため使用する試薬等消耗品費に差が生じた。 また、論文投稿費については他の研究費から支出した。
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次年度使用額の使用計画 |
MiSeqではIonPGMよりも大容量のデータを低コストで得ることができる。そのため次年度では、解析サンプル数を増やしてmiRNAシーケンスを行う予定である。
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