研究課題/領域番号 |
16K19507
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
坪井 崇 名古屋大学, 医学部附属病院, 医員 (50772266)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | パーキンソン病 / 視床下核 / 脳深部刺激療法 / 発話障害 |
研究実績の概要 |
本研究では,進行期パーキンソン病(PD)患者に対する視床下核脳深部刺激療法(STN-DBS)後の最も頻度の高い合併症である発話障害の病態解明と治療ストラテジーの確立を目指している.DBS後の発話障害は患者の生活に多大な悪影響を与えるため,その病態解明と治療ストラテジーの開発は重要である.我々はこれまでにSTN-DBS後のPD患者の発話障害には運動低下性構音障害,吃音,気息性嗄声,努力性嗄声,痙性構音障害の5つの臨床型が存在すること(Tsuboi et al., J Neurol Neurosurg Psychiatry 2015)を報告した.さらに,病態解明のための喉頭観察研究(Tsuboi et al., J Neural Transm 2015),音響学的分析(Tanaka et al., J Neurol 2015)の報告も行った.また,我々は病態に応じた治療を提案した(Tsuboi et al., J Neurol Neurosurg Psychiatry 2015).運動低下性構音障害が主体であり,他の病態の併存がない症例は言語リハビリテーションの良い適応である.努力性嗄声や痙性構音障害を呈している症例では刺激調整が最優先である.吃音や気息性嗄声の症例はDBS刺激調整を行うとともに,吃音が主体となる患者では発話のリズムやスピードをコントロールするためのペーシングボードの適応を考慮する. それらの知見を踏まえ,本研究ではSTN-DBSを施行するPD患者と薬物治療のみを行ったPD患者を対象に縦断的な観察研究を行った.機能画像検査を含む詳細なBaseline評価(運動機能・運動合併症・認知機能等)及び1年間の定期的な評価を行う縦断的観察研究を施行した.その結果,STN-DBSを施行した群のみで,1年間の経過観察中に有意な発話の明瞭性の悪化がみられ,DBS誘発性の発話障害として頻度が高いのは努力性嗄声と痙性構音障害であること,症例によっては術後3ヶ月の時点で発話障害を生じていることが明らかとなった(Tsuboi et al., in submission).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
発話障害の縦断的観察研究を行った.STN-DBSを施行するPD患者32例(DBS群)はBaselineおよび術後3ヶ月,6ヶ月,12ヶ月に発話機能,運動機能,認知機能の評価を行った.薬物療法のみを継続したPD患者11例(Med群)はBaselineと12ヶ月後にSTN-DBS施行患者と同様の評価を行った.Baselineの時点で,運動低下性構音障害(DBS群の63%,Med群の82%),吃音(DBS群の50%,Med群の45%),気息性嗄声(DBS群の66%,Med群の73%),努力性嗄声(DBS群の3%,Med群の9%)の頻度は両群で有意差がなかった.Baselineと1年後を比較すると,DBS群のみに有意な発話の明瞭性の悪化がみられた.1年間の経過観察中に,吃音(DBS群の9%,Med群の18%)と気息性嗄声(DBS群の13%,Med群の9%)は両群で同等の頻度で新たな出現がみられた.努力性嗄声(DBS群の28%)と痙性構音障害(DBS群の44%)はDBS群のみで新たな出現がみられ,両群での出現頻度には有意差があった.STN-DBSの刺激をoffにすると,努力性嗄声と痙性構音障害は大部分の症例で有意な改善が見られたが,吃音や気息性嗄声が改善するのは少数例のみであった.主な知見は,(1)Baselineの時点で多くの患者がPD固有の発話障害(運動低下性構音障害,吃音,気息性嗄声)を有していた,(2)1年の経過観察期間中にDBS群のみで有意な発話の明瞭性の悪化が見られた,(3)DBS誘発性の発話障害として頻度が高いのは努力性嗄声と痙性構音障害であった,(4)吃音や気息性嗄声はPD固有の病態を反映している場合が多いが,一部の症例ではDBSがこれらを悪化させていた,(5)詳細に検討するとDBS誘発性の発話障害は術後3ヶ月の時点で早くも出現している例があった.
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今後の研究の推進方策 |
これまで我々はSTN-DBS術後のPD患者の発話障害の多様性に着目し,その病態解明と病態に則した治療開発を進めてきた.今後の課題は,(1)さらなる長期間の観察研究に基いた臨床分析,(2) 努力性嗄声および痙性構音障害の病態解明,である. 上述の対象患者群の縦断的な臨床評価を継続しており,さらなる長期間における発話障害の臨床型の経時的な変化および発話障害と臨床背景との相関を明らかにすることを目指す. また,我々の既報告(Tsuboi et al., J Neurol Neurosurg Psychiatry 2015)では,PD患者における視床下核(STN)に対する脳深部刺激療法(DBS)誘発性の発話障害はSTN外側に位置する錐体路への刺激波及が原因であることが示唆されたが,方法論の限界のために明確な結論を出すことはできなかった.近年,DBSのパラメータからDBSの刺激範囲を推定する計算式が報告されるとともに(Madler et al., AJNR Am J Neuroradiol 2012),DBS電極と白質線維との位置関係をtractography を用いて解析する手法も報告されている(Vanegas-Arroyave et al., Brain 2016; Calabrese et al., Front Neuroanat. 2016).現在,我々は tractographyを用いて努力性嗄声および痙性構音障害と STN 周囲の特定の白質線維への刺激波及との相関を解析すべく,セットアップを行っている.
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次年度使用額が生じた理由 |
物品費として購入予定していた解析用コンピューター及び解析用ソフトウェアは借用することができた。その他の経費で予定していたアンケート、患者登録、患者検査に関しては今年度は共同研究者に協力を得ることができている。
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次年度使用額の使用計画 |
現在、完成しつつあるアンケート、CRCや言語聴覚士による患者検査、患者登録を次年度に行う予定である。
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