研究課題
本研究では、骨髄増殖性腫瘍の病態モデル作出のために、疾患iPS細胞を用いて発症メカニズムの解明に取り組んだ。現段階における進捗として、大きく以下の3つが挙げられる。1.骨髄線維症を引き起こす遺伝子変異の一つであるCALR変異をもつ患者の末梢血からiPS細胞の樹立に成功した。2.CALR変異をもつiPS細胞をin vitroで分化誘導することによって、血小板血症の病態を再現することに成功した。3.CALR変異をもつ造血幹細胞では、転写因子GATA2の発現が健常者に比べて高いことを発見した。骨髄線維症の患者由来の細胞は、その遺伝子変異によって初期化されにくいことが報告されている。CALR変異をもつ患者の末梢血から、健常者の末梢血と同様の効率で体細胞を初期化することができた。また、CALR変異を持つiPS細胞から造血幹細胞・前駆細胞であるCD34陽性細胞へ分化誘導し、そこから巨核球系の細胞系列へ分化誘導を行ったところ、健常者のiPS細胞と比べて、巨核球マーカーCD42b陽性細胞が多く見られた。これは、巨核球の異常増殖である血小板血症の病態を再現していると考えられる。同様に、CD235a陽性細胞への分化は、健常者に比べて少なかった。これは、CALR変異の患者には赤血球の異常増殖である真性多血症が見られないことと一致する。さらに、CALR変異iPS細胞から分化誘導したCD34陽性細胞では、健常者の場合と比べて、転写因子GATA2の遺伝子発現が高かった。これは、CALR変異における巨核球への分化の偏りと赤芽球系への分化の抑制を引き起こしている可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
CALR変異をもつiPS細胞を予定通り樹立することに成功した。これまでに、骨髄線維症の患者から樹立したiPS細胞の報告において、体細胞の初期化が困難であることが知られている。この報告では、骨髄線維症の病態を示す結果がin vitroの解析のみになっていることから、骨髄線維症の病態をiPS細胞で再現することが難しいことが予想された。そこで我々は、はじめにCALR変異をもつ血小板血症患者の末梢血からiPS細胞の樹立し、その病態を再現できること確認したのちに、血小板血症から骨髄線維症へ移行させることを目指した。その理由として、骨髄線維症は、巨核球の異常や血小板の増加など血小板血症と似た兆候を示すこと、さらに血小板血症から二次的に骨髄線維症へ移行するが、血小板血症と骨髄線維症を共通して引き起こすドライバー変異がCALRであるためである。我々は、エピソーマルベクターを用いて、CALR変異をもつiPS細胞の樹立に成功した。これは、既報のレトロウイルスベクターを用いた骨髄線維症iPS細胞に比べて、ゲノムへの挿入変異がほとんどないため、発ガンなどのリスクが低く、安全性が高いと言える。また、上述の通り、樹立したCALR変異をもつiPS細胞をin vitroにおける分化誘導系を用いることで、CALR変異による表現系を再現できた。さらに、CALR変異をもつiPS細胞から分化誘導したCD34陽性細胞では、健常者由来のiPS細胞から分化誘導したCD34陽性細胞に比べて、優位にGATA2の発現が高いことを確認しており、現在はこの転写因子に着目して、CALR変異による骨髄増殖性腫瘍の分子メカニズムの解明に向けて研究を進めている。以上のことから、現在までの進捗状況は、概ね順調に進展していると考えている。
これまでに我々は、CALR変異を持つ血小板血症の患者からiPS細胞の樹立に成功した。今後は、骨髄線維症患者由来のiPS細胞をin vitroで分化誘導することによって、以下の3つの仮説の検証に取り組む。はじめに、CALR変異をもつ骨髄線維症の患者からiPS細胞を樹立する。樹立したiPS細胞を用いて、骨髄線維症発症のメカニズムが造血幹細胞からの線維芽細胞に分化が偏ることで起こるのか(仮説1)、または巨核球に分化が偏るために起こるのか(仮説2)を検証する。具体的には、骨髄線維症患者由来のiPS細胞をサイトカイン刺激で造血幹細胞へ分化誘導し、その分化傾向をフローサイトメトリーで評価する。造血幹細胞マーカーとして CD34、巨核球マーカーとして CD42bを用いる。 また、巨核球による炎症性サイトカインによる炎症反応が骨髄線維症を引き起こすか(仮説3)検証するため、骨髄線維症患者由来のiPS細胞から分化誘導した造血幹細胞を巨核球へ分化誘導し、炎症性サイトカインの発現を qRT-PCR やサイトカインパネルを用いて評価する。また、ライトギムザ染色によって巨核球の異常が見られるか形態を評価する。iPS 細胞のコントロールとして、健常人または 血小板血症 患者由来の iPS 細胞を用いる。造血幹細胞のコントロールとして、骨髄線維症患者の骨髄または末梢血から分離した CD34陽性細胞を用いる。また、iPS細胞のin vivo分化誘導を行うために、免疫不全マウスへiPS細胞を移植することによって、奇形腫を形成させる。形成された奇形腫から造血幹細胞を分化誘導できる系を確立するために、まずは奇形腫を効率よく形成させられる方法を確立する。
本研究を進めていく上で必要になる消耗品を購入する際に、一括で購入することによって割引された。そのため、予想していた経費よりも安く入手することができたため、結果として、余剰金が生じてしまった。
本研究を進めていく上で必要になる消耗品を追加で購入する予定である。
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