胃癌の肝転移はきわめて予後不良であり、肝転移を有する胃癌の治療方略は現在の胃癌診療におけるトピックスである。手術治療単独では予後改善が期待できないことは明白であり、個別化治療を可能とする新規分子標的治療薬の開発および悪性度診断マーカーが不可欠である。原発巣から生じた遊離癌細胞が生着・増殖して転移巣を形成するには多段階の過程が必要であり、多くの分子が関与しているとされる。胃癌転移には肝転移をはじめとする血行性転移、腹膜播種転移、リンパ節転移という全く異なる3つの経路が存在し、それぞれの転移経路において固有の分子機序が存在するものと考えられる。胃癌肝転移においても、この点の解明が新たな診断・治療開発の基盤となると考えた。肝転移を有する胃癌症例4例から得られた組織を対象とした。HiSeqを用いて発現プロファイリングを行い、胃原発巣癌部、胃正常部、肝転移巣組織の3群間での網羅的遺伝子発現解析を行った。その結果、膜貫通型蛋白の一つであるsynaptotagmin 7(SYT7)が胃癌原発巣において胃非癌部に対し約21倍の発現度で有意に発現亢進していることを見出した。SYT7発現量はEMT関連分子であるTGFB3と有意な正の相関関係を、EMTで抑制されているCAV2、RGS2とは逆相関関係を示していた。SYT7ノックアウト胃癌細胞株(MKN1-SYT7/KO)では親株と比較して、細胞増殖能、遊走能、浸潤能のいずれも有意に低下していた。MKN1-SYT7/KOは、マウス皮下腫瘍モデルにおける造腫瘍能が著しく低下していた。臨床検体における発現解析では、胃癌原発組織中SYT7高発現は同時性血行性転移および異時性血行性再発に有意な相関性を示し、胃切除術後の予後不良因子であった。本研究の成果により、SYT7が胃癌血行性転移の診断および治療の両面において有望な標的分子となりうることが示された。
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