本研究は、硫化水素が低酸素下においてエネルギー需給バランスに与える影響を検討し明らかにすることを目的に遂行した。 まず、培養細胞を用いてin vitro実験を行った。神経芽細胞由来SH-SY5Y cellは硫化水素を酸化するSulfide quinone reductase(SQR)の発現量が少なく硫化水素の代謝能が低い。この細胞にプラスミドを用いSQRを過剰発現させた細胞を作成し、エネルギー産生における硫化水素代謝の影響を検討した。SQRを過剰発現させた細胞では、硫化水素ドナーであるNa2S投与により細胞内ATP産生が増加した。これは、硫化水素代謝が十分に可能であれば硫化水素は電子供与体としてATP産生に寄与することを示す。次に低酸素下の検討を行った。低酸素(1%酸素)下において、コントロールの細胞では乳酸値、NADH/NAD+比の上昇を認め、ATP産生は低下した。それに対し、SQRを過剰発現させた細胞では乳酸値、NADH/NAD+比の上昇は抑制され、ATP産生は維持された。これらは、硫化水素代謝亢進が低酸素下でのエネルギー産生の維持に関与することを示唆する。 次に、マウスを用いたin vivo実験を行った。マウスに硫化水素を5日間断続的に吸入させると、そのマウスの脳においてSQR発現量が空気を吸入したコントロールマウスに比べて増加する。コントロールマウスでは低酸素(5%酸素)に暴露すると短時間で瀕死となるのに比べて、硫化水素吸入マウスではすべて生存した。断続的な硫化水素吸入は、低酸素に抵抗性を示すと考えられる赤血球増多や低酸素遺伝子応答などに影響を与えなかった。低酸素暴露中の二酸化炭素産生量を測定したところ、コントロールマウスは急激に低下する一方で硫化水素吸入マウスは維持されていた。硫化水素代謝の亢進が低酸素下でのエネルギー産生維持に重要な働きをしている可能性がある。
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