本研究は、内部寄生蜂 Asobara japonica が、宿主キイロショウジョウバエ Drosophila melanogaster の発生プログラムに対して与える影響を分子生物学的に明らかにすることを目指している。申請者は、寄生蜂に感染した宿主ハエ幼虫の体内で、将来の成虫組織(成虫原基)が退縮する一方、幼虫の発育に必要な脳神経系、脂肪体、ステロイドホルモン生合成器官は正常に保たれるというアンバランスな発生現象を見出した。そこで、宿主の発生プログラムが、寄生者の発生によって都合よく操作され、組織や器官の成長や個体全体の発育を協調させる恒常性システムが撹乱されるのではないかと着想した。発生学の視点から寄生感染への応答を検証することで、寄生成立の新たな分子機構を発掘すると共に、農業害虫の駆除方策を支える知見の1つとして貢献する。 平成29年度においては、成虫原基特異的に細胞死を誘導する毒物質を同定する目的で、寄生蜂に感染した幼虫から体液を抽出し、非感染の幼虫に注入する生物検定の実験系を新たに構築した。その結果、寄生蜂に感染した幼虫の体液を注入された個体では、それ自身が寄生蜂に暴露されていなくても、成虫原基の細胞死が誘導されることを見出した。非感染幼虫の体液の注入では細胞死は誘導されなかったことから、寄生蜂の毒性物質が宿主の体液中に存在することが強く示唆された。 そこで、毒性物質を含む液を大量に調製して、アミコンフィルターを用いてタンパク質の分子量で分画し、細胞死誘導活性がある分画を生物検定によって調べたところ、100K以上の分画において細胞死誘導活性が検出された。すなわち、寄生蜂の毒性物質は、100K以上の大きなタンパク質複合体あるいは昆虫ウィルス様である可能性が示唆された。現在は、新たにゲル濾過クロマトグラフィーによる分画を計画している。
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