『品川の 沖に止まりし せみ鯨 みなみんみんと 飛んでくるなり』(寛政の鯨) 日本初のホエールウォッチングの様子が狂歌で詠まれたように、クジラなどの大型海棲生物は古くから人々の憧れであり興味の対象となってきた。これらの大型海棲生物には特有に付着するフジツボ類の存在が知られているが、ウミガメやクジラにのみ付着するというその特異的な生態から分類学的情報も限られていた。代表者は江戸時代の日本の文献にもウミガメやクジラ類に特有なフジツボ類の記述を発見した。「本草学」と呼ばれるこれらの資料は現代の生物学者から無視されているが、過去の生物多様性の評価に有用な資料となり得る。 国会図書館に所蔵されている本草学の資料は国会図書館貴重書画像データベースで一般に公開されているため、多くの資料を入手することができた。一方、西尾市岩瀬文庫に所蔵されている高木春山著「本草図説」などの資料は一部について書籍にまとめられているが、ほとんどのものが非公開のため現地の資料館に直接調査に行く必要があった。国会図書館や西尾市岩瀬文庫での貴重書、古典籍資料の網羅的な文献調査と、錦江湾での現地調査を行った。 近年大きな問題となっている外来種問題について、これらの外来生物がいつごろから日本に侵入してきたかを解明するには高解像度な分子生物学的解析が必要である。本草の資料には特に園芸植物の記録が豊富に残っており、海だけでなく陸域も含めた総合的な生態系の評価に利用できる。本研究ではまず、申請者の主な研究対象であるウミガメ・クジラ類に特有に付着するフジツボ類の自然史を対象として日本の博物学者の観察眼のきめこまやかさを再評価した。
|