最終年度にあたる本年度は、主に、1:具体的な検討課題(A)「多民族空間の形成・実践とナショナリズム」に取り組み、同時に、2:本研究課題の総括を進めた。 1では、初年度に行った整理・分析を引き継ぎつつ、多民族空間の制度設計とそれによって形成された社会がどのように実践、維持されたかについて検討し、その過程におけるナショナリズムの影響を考察した。その際とくに、国家の多民族性の象徴であったボスニア・ヘルツェゴヴィナに着目した(その部分的な成果として、共著図書所収の諸論考)。 2の総括においては、まず、前年度までの、大衆的政治運動の観点から1989年の諸事象を考察した検討結果(具体的な検討課題としては、(B)「政治的レトリックとしてのナショナリズム」と(D)「多民族社会の崩壊/破壊とナショナリズム)」)の一部を国際学会で発表した(国際学会報告)。そしてここに、具体的な検討課題(C)「ユーゴスラヴィア主義とナショナリズム」および(A)の論点を組み込みつつ、「1989年」というひとつの結節点を通して、これまでの(A)~(D)の分析・考察がどのように相互に連関しているかを捉え、国家の解体がまさに進行する時代の視座から、多民族空間の形成・実践・崩壊とナショナリズムの関係を多面的に把握することを試みた(以上の成果の一部として『思想』論文、また『Pieria』論考)。 このような本年度の成果を含め、本研究課題では、社会主義ユーゴスラヴィアの歴史的経験とその連続性のなかで、ナショナリズムの機能を捉え直すことに取り組んだ。これにより、多民族国家の形成から実践、そして崩壊のいずれの局面にも結びついたナショナリズムの両義的な側面を、多面的かつ動的に理解する可能性とその意義が明らかになった。研究課題終了後に進める単著の完成に向けて、十分な準備を行うことができたと言える。
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