本研究では,初任教師,中堅教師,熟練教師という経験年数の異なる複数の教師の同一指導案に基づいた授業実践の比較を通して,適応的熟達という観点から音楽科教師の熟達化の諸相を明らかにすると同時に,そのプロセスの解明を進めてきた。平成30年度は,経験年数の異なる5名の教師による授業実践の比較検討する際に,各教師の授業の録音・録画データから教師と子どもの発話を取り出して文字化し「教室談話」という観点から分析を行った。 その結果,経験年数の多い教師は,授業展開の際に感覚的で曖昧な音・音楽というものを子どもと共有するために,自身の身体感覚を顧みつつ,ジェスチャー,姿勢,視線,表情などさまざまな情報を組み合わせ,比喩表現を用いた言葉がけや範唱など教師が持ちうる限りの指導方略を用いていることを確認した。また,若手教師は,授業経験の蓄積によって自らの授業観や教育観を徐々に形成し,自らの被教育経験や固定観念による授業スタイルから脱却して,子どもの音楽への思いや意図を引き出せるような教師と子どもの双方向的なコミュニケーションが充実した授業スタイルを志向していた。それが教室談話の柔軟な運用として授業展開において顕在化し,「助言」を伴う評価言が増えたり,子ども自身に考える機会を与える「発問」が有効に用いられたりと,子どもの発話や表現を価値づけ,学習展開に位置付けていく教授行為が増加していくことが明らかとなった。 適応的な熟達プロセスを検討する際に教室談話がいかに柔軟に運用されているかという視点が鍵となっている。音楽を共有するための言葉として用いられる教室談話を教師―子ども間,子ども―子ども間の相互行為によって作られるマルチモーダルな営みとしてとらえて研究を継続させていくこととした。
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