研究課題/領域番号 |
16K21094
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
安藤 嘉倫 名古屋大学, 工学研究科, 特任講師 (80509076)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 細胞膜 / 脂質二重層膜 / 非対称性な脂質組成 / グリセロリン脂質 / スフィンゴ脂質 / コレステロール / 膜物性 / 脂質ラフト |
研究実績の概要 |
本年度は昨年度の成果をもとに本格的な分子動力学(MD)計算を行った. 具体的には, 実際の細胞膜の内単層膜と外単層膜それぞれの脂質組成を模倣した2種類の脂質二重層モデル膜を計算機上に構築した上で, 温度(310.15K),圧力(1atm)一定条件下において1マイクロ秒のMD計算を行った. 特に脂質分子の側方凝集の様子を調べるために, 昨年度実施した小さな系(二重層膜を128脂質分子から構成)での計算に加え, その面積を側方向に4倍した大きな系(二重層膜を512脂質分子から構成)を重点的に計算した. 熱的平衡状態に至って以降のトラジェクトリ(座標の時系列データ)に対して構造および膜流動性の両面から解析を行い,細胞膜の内単層膜と外単層膜の物性の違いを原子・分子レベルから明らかにした. 構造については,2種類のモデル膜に共通して,特定脂質分子の膜内位置に同じ単層膜内だけでなく2つの単層膜間で相関があることを見出した. 膜流動性については,2種類のモデル膜間で大きな違いが見られた. これら結果は今後行う予定の, 内外単層膜を2つ貼り合わせた非対称な脂質組成をあらわに持つ脂質二重層モデル膜に対するMD計算において, 内外単層膜間での物性の相関の程度を測る基準となる. さらに脂質ラフト中に特異的に凝集するとされるコレステロール分子の側方凝集形態の実際を種々の解析により明らかにした. 具体的には, コレステロールはその特徴的な形状を反映してジグザグな形で側方凝集すること, およびコレステロール分子が複数個集まったクラスター(ミクロドメイン)が側方拡散を伴いつつ動的に生成・消滅を繰り返していることを見出した. さらに2つの単層膜間でコレステロールが側方凝集する場所に強い相関があることも見出している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究初年度において細胞膜の脂質組成について十分精査した上で、計算機上に細胞膜の外単層膜および内単層膜の脂質組成を模倣した2種類の二重層モデル膜系を用意した. 今年度はこれら2種類のモデル膜それぞれについて1マイクロ秒の分子動力学計算を完了し, 得られた膨大なトラジェクトリーを自身で作成したプログラムを使って解析することで, 内外単層膜モデル間での物性の違い, 単層膜間の物性の相関についてその詳細を明らかにするとともに, 生物学的にも注目されているコレステロール分子の膜内での側方凝集についてその実際の姿と側方凝集の単層膜間での相関の詳細を明らかにした. 現在これら研究成果を英文誌で発表するための準備を進めているところである. さらにこれら計算結果をもとに, 脂質組成の異なる内外単層膜を貼り合わせた二重層モデル膜を計算機上に構築した上で予備的なMD計算を始めている. すなわち研究目標に掲げた非対称な脂質組成をもつ実際の細胞膜の物性を直接明らかにするためのMD計算を開始しつつある. 暫定結果ながら, 組成および物性の異なる単層膜が向かい合うことで, 構造およびダイナミクスの両面において同種の単層膜が向かい合った場合とは異なる物性が観測されており, その分子メカニズムを探っている最中である. 同時に,細胞膜を構成する個々の脂質分子種について,その添加による膜物性変化の傾向,およびそのメカニズムを明らかにするMD計算研究を行い着実に成果を挙げている. さらに分子動力学計算高速化のための新しいスレッド並列化手法の開発など大規模なMD計算を高速に行うための方法論開発についても成果をあげている. これら研究成果を複数の国内学会および国際学会において発表するとともに, 関連研究を英文論文誌に公刊している.
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今後の研究の推進方策 |
先2年間の成果を踏まえ、あらわに脂質組成に非対称性を持たせた脂質二重層モデル膜に対するMD計算を本格的に実施する. 非対称性をあらわに持った脂質二重層モデル膜では, 膜の構造, 膜の秩序性, および膜を構成する脂質分子の運動性に非対称性が生じることが予想される. MD計算により得られるトラジェクトリーを解析することでこれを定量的に明らかにする. さらに単層膜間での物性の相関についても反対側の単層膜が同種である場合とは異なることが予想される. すでにMD計算を終えた内外単層膜を2枚貼り合わせたモデル膜での解析結果を参照値として, 異なる脂質組成をもつ単層膜間での物性の相関を定量的に明らかにしていく. 特にコレステロールやスフィンゴ脂質といった脂質ラフト形成に深く関与するとされる脂質分子について,その側方凝集が単層膜間でどう相関しているかを解析によって明らかにし,ラフトモデルでの分子描像の妥当性について検証する. あわせて, 次年度以降は膜の物質透過性についての研究を開始する. 従来の同種の研究では対称な脂質組成を持ったモデル膜に対する小分子の透過性を議論していた. しかしながら,細胞膜への透過を考えた場合,小分子は本研究で扱うような外単層膜と内単層膜で組成および物性の異なる脂質二重層膜を透過している. まず膜垂直方向に沿った透過の自由エネルギー変化プロファイルを算出し, 内外単層膜の物性の違いと照らし合わせながら, 小分子が細胞膜を透過する過程の実際を明らかにしていく. なおMD計算を進めるにつれ脂質成分どうしの側方向の混合を促進する方法論の開発およびソフトウェアへの実装がMD計算結果の妥当性を検証する上で必要であることがわかってきた. より効率的なサンプリングのためにもこれら方法論の開発および実装についても取り組む予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 研究初年度からの繰越金額と昨年度の受領額を主に計算機資源に対して利用しつつ研究を推進してきた. 他の課題とも連携しつつ受領金額の範囲内で目標としていた1マイクロ秒のMD計算を終わらせることができた. また計算結果を保存するストレージについても初年度購入ぶんで賄うことができた. 年度末に向けて, 今年のMD計算の結果生成された膨大なトラジェクトリーデータに対する解析, および解析結果の考察過程に多くの研究時間を費やし, 研究の推進上それ以上の支出を必要としなかったことから, 残額を来年度に繰越すこととした. (使用計画) 来年度は,ひとつの基本セル内に2枚の非対称な脂質組成を持った二重層膜を含むより巨大な系について本格的なMD計算を予定しており, 今年度に引き続き物品費の多くを計算機資源に費やす予定である. 生成されるトラジェクトリーデータが膨大になるために, 必要に応じて, 計算結果を保存するストレージ, 並列化機能を備えた最新のコンパイラーおよび数値ライブラリ, および解析を迅速に行うための高性能解析用サーバーの購入を考えている. その他英文誌への論文投稿のための英文校閲, 解析の理論的背景を押さえるための英文の専門書籍の購入などに支出を予定している.
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