研究実績の概要 |
本年度は昨年度までの研究成果を踏まえさらなる分子動力学(MD)計算の実施、計算結果の解析、および研究のまとめを行った. 昨年までの計算系にくらべ実際の細胞膜環境により近い, 内外単層膜間での非対称な脂質組成および細胞内外の水溶液イオン環境の違いを再現した大規模脂質二重層モデル膜系を構築し、1マイクロ秒程度のMD計算を行った. 内外単層膜間での膜物性の差異は前年度までに実施した内外単層膜をそれぞれモデル化した脂質組成が対称な二重膜膜系と同程度に生じることを見出した. 特にコレステロール分子の側方集合・離散について, 溶液論の一般的手法 (中間散乱関数F(k,t)) を用いることでコレステロール分子の膜面内での数密度ゆらぎの時間スケールをその空間スケール (波数k) ごとに明らかにした. さらに個々のコレステロール分子クラスター(n量体) についてその離散の時定数をサイズnごと時間自己相関関数から算出した. 以上波数空間, 実空間両方の解析から, コレステロール分子の膜面内での動的な集合・離散する分子描像およびその内外単層膜での違いを明らかにした. またMD計算の結果, 脂質二重層膜まわりの水溶液内に存在するNa+とK+イオンが膜の表面に吸着しコレステロールを含む脂質分子との会合体を形成していること, 溶媒水分子は外単層膜に浸透しづらいこと, コレステロール分子の側方相互作用にリン脂質の溶媒効果が作用していることがわかった. 本課題研究によって, 内外単層膜間で脂質組成の違いがある生体膜を分子シミュレーション研究の俎上に載せるためのプロトコルを確立することができた. 本課題内で別途進めてきた大規模なMD計算を実現するための方法論の開発とあわせ, 将来膜タンパク質を内包したより実際の細胞膜に近いモデル二重層膜系についての大規模MD計算研究を行うための基礎を確立したと言える.
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