研究課題/領域番号 |
16K21128
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
川上 文人 京都大学, 高等研究院, 特定助教 (80723064)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 笑顔 / 表情 / 非言語コミュニケーション / 発達 / 進化 / 霊長類 / 感情 / 遊び |
研究実績の概要 |
(1)研究の目的: ヒトはどのように笑顔を使い,その笑顔はどのように社会的な生活に影響を与えているのであろうか。本研究の目的は,笑顔をもちいた乳幼児と他者とのコミュニケーションの進化と発達を観察と実験から詳細に検討し,その背後にある社会的な認知能力について探ることである。「ヒト乳児における笑顔の初期発達」,「飼育下チンパンジー群れの笑顔観察」,「笑顔の伝播」,そして「表情弁別実験」という4つの視点から笑顔を体系的に理解し,何がヒト固有の能力であり,なぜそのような違いが生まれたのか考察していく。 (2)成果の具体的内容: 「ヒト乳児における笑顔の初期発達」と「飼育下チンパンジーの群れの笑顔観察」について,国内で講演する機会を複数得た。ヒト乳児に関しては,学会と一般向けの場において講演し,専門分野にとらわれない広い意見を聞く機会となった。チンパンジーの笑顔については,動物園において主にその職員向けに話し,研究者とは異なる視点からの観察の重要性を学ぶことができた。それのみならず,今後の観察フィールドとして,その動物園との関係を構築することにも成功した。ヒトとチンパンジーの笑顔について,TV番組のための取材をうける機会もあり,一般に向けた広いアウトリーチ活動の機会にもめぐまれた。 (3)意義と重要性: ヒトにとって日々の生活の中で頻繁に表出し,見る機会のある笑顔は,あまりに一般的であるため,実は謎が多く残されていることはそれほど知られていない。笑顔について進化と発達の視点から探った研究が少ないのが現状である。どのように笑顔を対他者関係の中で使い,それがどのくらい社会関係の維持に寄与しているのだろうか。笑顔を探求することは,ヒトやチンパンジーを含む動物にとって,よりよい環境を築く足がかりとなると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「ヒト乳児における笑顔の初期発達」,「飼育下チンパンジー群れの笑顔観察」,「笑顔の伝播」,そして「表情弁別実験」という4つの視点のうち,平成29年度は「飼育下チンパンジー群れの笑顔観察: 母子間の笑顔共有はあるのか,子はかすがいになるのか」に重きをおいた。この研究では,チンパンジーの乳児を縦断的に観察し,笑顔がどのような場面で使われるのか,乳児の笑顔に対する他個体の反応を探ること,子どものいる群れといない群れを観察し,笑顔を含む感情表出に違いがあるのかを探っている。チンパンジーの乳児の縦断的な観察については,当初これまで2年間観察をしてきた日本モンキーセンターにおける観察の継続のみを考えていた。日本モンキーセンターでの観察は,そこに生まれた乳児の3歳の誕生日まで継続し,データを蓄積することができた。それに加え,名古屋市東山動植物園に2018年10月チンパンジーの双生児が誕生し,誕生の1か月前から継続して観察している。チンパンジーの双生児は稀少であり,国内で母親による保育がなされ,群れで暮らす例はこれで2例目である。東山動植物園のチンパンジーは多様な世代の複雄複雌で群れが構成されており,乳児が社会的な関わりを持つ上で非常に豊かな環境といえ,研究の発展が強く期待できる。 加えて,前年度から引き続き,「ヒト乳児における笑顔の初期発達: 自発的微笑と社会的微笑の関係を探る縦断的観察」も継続してきた。自発的微笑とは睡眠中に外部からの視聴触覚的刺激なしに口角が上がる現象のことである。自発的微笑は発達の最初期から見られるが,後に,覚醒中に他者に対して向けられる笑顔である社会的微笑に取って代わられると考えられてきた。その2つの笑顔の関係が明確ではないことを示すデータが得られており,本研究ではその関係性を探っている。今年度は新たに3名の24週にわたる縦断観察の協力者を得ることに成功した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,「ヒト乳児における笑顔の初期発達」と「飼育下チンパンジー群れの笑顔観察」のデータの追加,分析を継続するとともに,3つめの視点である「笑顔の伝播: ヒト乳児-養育者間の対面実験,チンパンジーに対する笑顔画像呈示実験」に研究の中心をシフトしていく。 笑顔やその他の表情の伝播が実験場面で生じるのか,そこにヒトとチンパンジー間で違いがあるのか確認することを目的とする。ヒトでは笑い声の笑顔誘発効果,チンパンジーではあくびの伝染が示されている。チンパンジー母子の予備的観察で,乳児は「高い高い」で笑顔を見せるが,母親の表情は変化しない傾向が見られている。 方法として,ヒトについては家庭と保育園において実験的観察をおこなう。家庭にはビデオを配布し,生後5週から25週まで母子で「高い高い」を含む遊び場面の撮影を依頼する。保育園では0歳クラスにおいて,保育者に「高い高い」をおこなってもらい,撮影する。評定では乳児と養育者,保育者の表情をそれぞれ分析し,笑顔が同時に生じていた頻度と継続時間を測定し,飼育下チンパンジー観察の結果と比較する。チンパンジーについては,コンピュータをもちいた視聴覚的刺激提示による実験を京都大学霊長類研究所でおこなう計画である。代表者が平成30年度から所属する中部大学は,京都大学霊長類研究所のある愛知県犬山市に近く,代表者は関係部局である京都大学野生動物研究センターの特任教員も務めているため,利用可能性が高い。笑顔を含むさまざまな視聴覚刺激をチンパンジーに呈示した際の表情反応をビデオで撮影し,分析する。
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