研究課題
組織特異的遺伝子のプロモーターは,細胞の分化に応じて低メチル化状態へと移行して活性化することが知られているが,そのメチル化状態がどのように制御されているかについてはほとんど明らかになっていない.本研究では,DNAの脱メチル化を担うTETファミリータンパク質(TETs)の活性制御機構を明らかにすることにより,ES細胞から各胚葉系列への初期分化過程において特定のプロモーターの脱メチル化が誘導される仕組みを解明することを目指す.TETsはTET1-3の3つのタンパク質群から構成されているが,本研究では未分化細胞に多く発現するTET1を解析対象として選択した.まず,TET1の機能が他のタンパク質との相互作用によって制御されていることを想定し,TET1の触媒ドメインと相互作用するタンパク質を,独自手法である細胞内光クロスリンク法により単離・同定することを試みた.この結果,HEK293細胞内においてTET1の触媒ドメインに結合する新規タンパク質の同定に成功した.このタンパク質は細胞外刺激に応じて活性を変化させるシグナル伝達因子であったことから,これらの相互作用がTET1の活性を制御する新規メカニズムとなる可能性がある.一方で,光クロスリンカーとして機能する人工アミノ酸をタンパク質に部位特異的に導入するための外来tRNAおよびアミノアシルtRNA合成酵素変異体をアデノウイルスベクターから発現させるシステムの構築を行い,実際に, 遺伝子導入効率が低いある種のがん細胞株や初代培養細胞内にクロスリンカーを導入したタンパク質を高効率に発現させることに成功した.この研究成果はScientific Reports誌に掲載された(Kita A. et al. 2016 Sci. Rep. 6, 36946).
2: おおむね順調に進展している
これまでに,TET1はES細胞内で未分化性維持に関与する転写因子NANOGと相互作用すること,また,両者が相互作用することによりTET1が特定のプロモーター領域へと誘導されることが示されていた.NANOGはTET1の触媒ドメイン付近に結合するとの報告から,まず,触媒ドメインにクロスリンカーを導入したTET1とNANOGをHEK293細胞に共発現させた際に両者のクロスリンク複合体が生じるかどうかを確認した.既に明らかにされているヒトTET2の触媒ドメインの構造を参考に,TET1触媒ドメインのタンパク質表面に存在するアミノ酸残基をそれぞれ光クロスリンカーに導入した計20種類のTET1変異体を作製した.これら変異体とNANOGをHEK293細胞に共発現させ,この細胞に光を照射することにより,タンパク質間のクロスリンク反応を惹起した.しかしながら,クロスリンク形成の有無をウエスタンブロット法により検証した結果,どのTET1変異体を用いた場合においてもTET1-NANOG間のクロスリンクは検出されなかった.このことは,TET1-NANOGの相互作用が直接的なものではない,もしくは,相互作用領域がTET1の触媒ドメイン中にはないことを示唆している.一方で,これらの実験過程においてTET1の触媒ドメインに結合する内在性因子の同定に成功した.この因子は細胞外刺激に応じて活性を変化させるシグナル伝達因子であったことから,これらの相互作用がTET1の活性を制御する新規メカニズムとなる可能性がある.また,光架橋性人工アミノ酸をコードするためのtRNAおよびアミノアシルtRNA合成酵素の遺伝子を搭載したアデノウイルスベクターの構築に成功し,初代培養細胞などプラスミドベクターでの遺伝子導入が困難な細胞でも光クロスリンク法を適用することが可能となった.
当初の想定とは異なり,既知の相互作用因子NANOGとTET1のクロスリンク反応は検出されなかった.このことは,TET1-NANOGの相互作用が直接的なものではない,もしくは,相互作用領域がTET1の触媒ドメイン中にはないことを示唆している.そこで,TET1に対する光クロスリンカー導入箇所をDNA結合ドメインであるCXXCドメインに変更し,引き続きNANOGとのクロスリンク反応を検証する.また,新規に同定したシグナル伝達関連因子とTET1の相互作用がTET1の活性にどのような影響を与えるのかをシグナル伝達阻害剤あるいは遺伝子ノックダウンとバイサルファイトシーケンシングを組み合わせたアッセイによって解析する.
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