本研究は、炭酸カルシウム結晶の多形変化の鍵物質であるマグネシウムや有機添加物が、水和構造変化を介して構造相転移を引き起こす機構を実証することを目的とした。固液界面の水を3次元的に可視化できる周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)を用いて、添加物による炭酸カルシウム結晶-水溶液界面の構造変化を評価した。マグネシウムおよび合成ポリペプチドを添加したときの水和構造を観察した結果、以下の効果が明らかとなった。 ①合成ポリペプチドとマグネシウムを添加した炭酸カルシウム溶液中では、炭酸カルシウム結晶(カルサイト)上の水が、結晶表面からバルク水に近い領域まで構造化されていた。これは無機的環境下では見られない現象である。 ②塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化ストロンチウム溶液中で水和構造を比較したところ、最も水和エネルギーの低いマグネシウムイオンの存在下で、界面水の構造がマグネシウムイオンの第一水和殻の構造と一致した。FM-AFMで観察される水和像は水の時間平均分布であることから、水和層内を拡散しているマグネシウムが界面水を撹乱する様子を捉えたと考えられる。 界面水を撹乱する効果は、親水的な添加物に共通である可能性が高い。合成ポリペプチドもマグネシウムと同様に親水的であり、①の結果はより大きい合成ポリペプチドによってバルク水側の水和層まで撹乱されたためであると推測される。水和は結晶表面への物質輸送における物理障壁であるため、その撹乱による界面自由エネルギー変化を介して相転移が誘起されている可能性が見出された。界面水は結晶成長や相転移に限らず、液中での吸着、拡散にも影響する他、ぬれ性や摩擦などマクロな現象にも影響を及ぼす。これらの物性を変化させるために添加される触媒にも親水的な物質が多用されることから、本研究で得られた知見は水中で起こる触媒作用の解明に貢献することが期待される。
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