研究課題/領域番号 |
16K21168
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
広瀬 悠三 京都大学, 教育学研究科, 准教授 (50739852)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 信頼 / 徳 / ボルノウ / ランゲフェルド / 信頼性 / 場所的人間形成 / 間柄 / 和辻哲郎 |
研究実績の概要 |
(1)宗教を取り入れた道徳教育の包括的かつ実践可能な理念の一つは、信頼である。社会学や心理学をはじめさまざまな領域で研究が進められている信頼をめぐる問題は、教育学と教育哲学という理論的探究の領野においては、ほとんどその内実が深められていないのが現状である。したがって本年度は教育人間学の代表的な思想家であるドイツのボルノウとオランダのユトレヒト学派に位置づけられるランゲフェルドの信頼概念の考察をさらに深化させた。前者の信頼概念は、自らの限界外において訪れる信頼の超越性と、それでもその信頼をまちのぞむための努力が必要であるという点で、特別な徳であると位置づけられることを明らかにした。さらに後者では、信頼性とは、有能さと責任性とともに、大人が兼ね備えているべき人格のめざされるものとされており、子どもから大人へと変容する上で重要な契機的役割を担っていることが解明された。 (2)宗教を取り入れた道徳教育を考えるにあたって、教育がなされる場所的考慮は不可欠である。日本の文脈において信頼はどのように道徳教育的意義をもちうるか、という観点から、日本の倫理学を包括的に明らかにして提示した和辻哲郎の『倫理学』において、どのように信頼が捉えられているか、また西洋の信頼概念とどのような関係にあるかの考察を試みた。和辻は倫理学は人間の学として、人間相互の間柄から出発すべきであることを論じ、その根底にあるのが信頼であるとする。その信頼は社会的な役割にも埋め込まれており、社会関係の所与である。ボルノウの信頼論との対比では、和辻の信頼は表面的であり現実的であるが、この信頼は、まちのぞむ後に現れる信頼の獲得を保証し補強する過程的信頼と位置づけられる。 (3)信頼は異文化理解という文脈でも意義深い。異質な他者を理解するのではなく、まず他者を信頼した上で相互理解することが、異質な他者との対話の場を切り拓くのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)宗教を取り入れた道徳教育を、理論的のみならず現実的に意味のあるものとして考えるにあたって、鍵となる信頼を教育学において、①根本的な思想内容、②現実的な実践への応用として、異文化理解、異質な他者理解の文脈での信頼の役割と意義、③日本の文化的背景を考慮に入れた信頼の意義、をある程度解明できた点は、とても大きな進歩であった。これらの内容は、①に関しては、小山虎を中心とした学際的な信頼研究グループの著作『信頼を考える―リヴァイアサンから人工知能まで』において「教育学における信頼―非対称的人間形成力としての信頼」としてまとめられた。②については、韓国のインハ大学で行われた異文化理解に関する国際会議にて発表することができ、有益なコメントを多く受けることができた。また③については、ドルトムント工科大学と京都大学との国際ワークショップ「日本的なもの」において、講演として発表することができ、多角的な視点から非常に有意義な質問、コメントを受け取ることができた。このように研究を発表することで、さらに重要なフィードバックを受けることができ、さらなる研究の深化において十分な準備もできている。 (2)足りないところとしては、現場の道徳教育の実践において、信頼がどのような役割を担っているかを明らかにできなかった点である。これは、信頼を、子どもへのインタビューなどのフィールドワークを通して、どのように測定できるか、という難問が存在していることに起因している。これからの課題にしたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
(1)信頼概念の考察をさらに包括的に行うことで深化させ、道徳教育に宗教的要素を取り入れることができる枠組みと内容を提示する。具体的には、①信頼と関係のある概念の教育学的考察を行う(畏敬、権威、愛、友情など)、②信頼が教育学においてはじめて取り上げられたペスタロッチにおける信頼の内実と意味を探ることを通して、始原的な信頼概念の、今日的意味を逆照射的に浮き彫りにさせる。③シュタイナー教育のなかのとりわけ地理教育が、他者と世界と信頼関係を結ぶ中心的役割を担っていることを踏まえ、シュタイナーの世界市民的地理教育を明らかにすることを通して、信頼の現場の教育的意味を考察する場所への接近を試みる。 (2)学校での道徳教育において信頼の意義を考察するために、調査方法の妥当性などを慎重に準備・検討した上で、公立学校において道徳教育の実践における信頼の役割と効果について考えることを試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
フィールドワークの旅費と人件費を支払うことが研究の進度上できなかったために、次年度の使用額が生じた。その残額は、本年度行う予定のその活動とともに、研究最終年度のため、成果のとりまとめにかかる費用(Journalの出版、まとめとなる研究成果の発信等)に使用したいと考えている。
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