ヒト膵がん細胞株及び手術材料由来の膵がん細胞ではアディポネクチン受容体(AdipoR1)の発現が高いことが分かった。また、AdipoRのアゴニストであるAdipoRonが膵がん細胞において非典型的な細胞死(ネクロプトーシス)を誘導することを示した。さらに、AdipoRon誘導性のヒト膵がんMIAPaCa-2細胞の細胞死にはミトコンドリアへのカルシウムイオンの蓄積とそれに続くミトコンドリア由来のスーパーオキシドの増加が関与することを明らかにした。アディポネクチン(APN)もまたAdipoR1を介して各種シグナルを活性化することから、AdipoRonと同様に膵がん細胞の細胞死を誘導することが予想された。しかしながら、MIAPaCa-2細胞にAPNを作用させても細胞増殖がわずかに抑制されただけで細胞死は誘導されなかった。また、APN処理ではミトコンドリアへのカルシウムイオンの蓄積とミトコンドリア由来のスーパーオキシドの増加は認められなかった。そこでAdipoR1下流のシグナルに関わるタンパク質のリン酸化や遺伝子発現を解析し、AdipoRonとAPNの膵がん細胞に対する作用機序の違いについて比較した。その結果、AdipoRon処理をしたMIAPaCa-2細胞ではAdipoR1依存的にp38MAPKシグナル及び細胞死誘導に関わるERK1/2シグナルが活性化された。これに対し、APN処理をした場合ではp38MAPKシグナルの活性化に加えて細胞の生存維持に関わるAMPKシグナルの活性化が誘導される一方、細胞死誘導に関わるERK1/2シグナルは抑制される傾向が認められた。したがって、AdipoRon及びAPNはいずれもAdipoR1を介して膵がん細胞に作用するが、AdipoR1下流のシグナル伝達は異なり、AdipoRonはヒト膵がん細胞に対し効果的に細胞死を誘導することを示した。
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