本年度は,大学生のADHD傾向および自閉症傾向の個人差が,利己的あるいは利他的に動機づけられている最中の認知的コントロール能力の発揮にどのように影響しているかを心理学実験の手法を用いて検討した。その結果,ADHD特性の中でも,特に不注意傾向が高いほど利己的動機づけ条件において遂行成績が低下するが,多動性・衝動性傾向が高いほど利他的動機づけ条件において遂行成績が向上する可能性が示唆された。これはADHDが対人関係を含む周囲の環境の影響を受けて症状の発現が左右されやすい発達障害であるという知見に沿った結果を,定型発達成人を対象とした個人差研究においても見出したものだといえるだろう。一方で,自閉症傾向の個人差は利己的動機づけおよび利他的動機づけの両方において,遂行成績との有意な関連は見られなかった。自閉症は人間関係の形成・維持などの社会的動機づけが低い発達障害だと言われているが,だからといって他者の利益が左右される利他的条件のときに能力の発揮ができなくなるわけではないことが示唆された。また,本年度は大学生を対象とした「利他的行動尺度」および「日本語版自己犠牲尺度」を作成するために質問紙調査を行った。これらの尺度が完成すれば,利他特性の個人差を主観的にではあるが直接測定することができるようになり,利他特性の高い人ほど利他的条件づけ状況下において認知的コントロール能力が高まるかどうかを検証することができるようになる。尺度作成のためのデータ分析は現在進行中である。 3年間の研究を通して,利他的動機づけが認知的コントロール能力に与える影響と,それが発達障害特性とどのように関連するかの一端が明らかとなった。それとは別に,日常生活における親切行為が行為者の精神的・身体的健康にどのような影響を及ぼすのかも調べることができた。今後も「親切の科学」構築のために,引き続きこのテーマを探究していきたい。
|