研究課題/領域番号 |
16K21355
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研究機関 | 杏林大学 |
研究代表者 |
瀬野 晋一郎 杏林大学, 保健学部, 講師 (70439199)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 電気刺激 / 痛み / CPT / 周波数 |
研究実績の概要 |
『痛みの質』に対する評価は、従来より“言葉”を利用した抽象的な表現で行われ、McGill Pain Questionnaire(MPQ;マクギル疼痛質問表)はその代表例である。しかし、MPQは評価・診断に時間を要すること、また国や地域、言語の種類、人種など様々な要因が痛みの表現に影響を与える問題も指摘されている。このような背景に基づき、本研究では痛みの“質(種類)”を具体的に定量化することを目的に電気刺激を利用した評価システムの開発に取り組んでいる。 痛みを含む体性感覚はAβ線維、Aδ線維およびC線維を介して中枢神経系へ伝達され、知覚される。これらの神経線維は異なる感覚情報を伝達することに加え、正弦波電流刺激に対して、Aβ線維は2000 Hz付近、Aδ線維は250 Hz付近、C線維は5Hz付近にそれぞれ良好な発火応答を示す特徴がある。このような特性を活かして、昨年度、本研究では3種類の周波数パターンを単独または複合的に出力可能な電気刺激装置を開発した。 平成29年度は開発システムの実用性と現状の問題点を把握することを目的に2種類の生体計測を実施した。まず、40名(男女各20名)の健常な被験者を対象に3種類の周波数パターンで単独刺激を行い、電流知覚閾値、疼痛知覚閾値および疼痛耐性閾値を計測した。実験の結果、それぞれの閾値は周波数に依存した変化や性差を認め、過去の研究報告と一致した。次に、健常な被験者20名(男女各10名)を対象に3つの周波数を単独刺激、2種類または3種類の複合刺激としてそれぞれ出力させ、これらの刺激で誘発される疼痛感覚を主観的アンケートと比較検討して分類評価を試みた。実験の結果、被験者には刺激パターンに依存して誘発される主観的な疼痛感覚が明確に異なることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は3つの周波数パターンから構成される複合的な電気刺激を可能とした計測システムを開発し、電気刺激による皮膚感覚の主観的表現の具現化を目指している。昨年度、試作システムは実測可能な段階まで概ね完成した。平成29年度は試作システムによる生体計測を中心とした実験を行い、現行モデルの有用性や問題点を確認した。 1.電気刺激に対する知覚感度について 本システムは被験者ごとの電流知覚閾値(Current Perception Threshold; CPT)を測定して、その値を基準に疼痛感覚誘発時の刺激量を決定する。そのため、3種類の正弦波(2000Hz、250Hz、5Hz)に対するCPT測定は本法において重要な鍵となる。生体計測の結果、CPTは高い周波数ほど増大し、また男性に比べて女性で低い傾向を認めた。これらの結果は過去の類似研究と一致しており、開発した電気刺激システムの知覚感度の計測は十分可能であることが確認できた。 2.試作システムによる疼痛感覚の誘発について 疼痛感覚の誘発実験では、3種類の周波数を組み合わせた電気刺激を経皮的に行い、知覚された感覚を日本語版マクギル疼痛質問表(主観的アンケート)と比較検証させた。単独刺激の場合、250Hzと5Hzでは負荷量の増大に伴い、「突き刺さる」や「鋭い」という痛み感覚が顕著に現れた。また、5Hzでは「焼け付く」痛みも一部の被験者で確認された。一方、2000Hzではほとんど痛みが誘発されなかった。複合刺激の場合、様々な疼痛感覚が混在して誘発され、刺激パターンに対応する痛みの質(種類)を詳細に分類するところまでには至らなかった。また、刺激パターンの組合せ次第で負荷刺激量が強くなり誘発実験の継続が困難な場合も確認できた。これらの結果を踏まえて、次年度以降は実験時の負荷刺激量をより精密に制御可能なシステムに改良する必要が求められる。
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今後の研究の推進方策 |
我々は3種類の正弦波電流刺激を組み合わせた経皮的な負荷を行うことで言語的表現に対応した痛みの質(種類)を再現できると考えている。平成30年度は過去2年間の問題点を改善することで、痛み、かゆみ、違和感などの皮膚感覚を分類可能な評価システムの実用化を目指す。 1.試作システムのデジタル制御の実現化 過去の実験より、試作システムの問題点としてすべての操作を測定者の手動で行うため、負荷刺激量のコントロールが不十分であることが挙げられる。平成29年度は、この問題点を改善するために、コンピュータ制御による新たな刺激システムの開発を試みた。しかし、同年度内に運用可能な状況には至らなかったので、次年度も継続してシステムの改良を検討する。コンピュータ制御の実現により、本装置は刺激電流のコントロールだけでなく、より多数の刺激パターンを構築できると考えている。加えて、測定データもコンピュータ内で管理され、汎用性に優れた評価システムとなることを計画している。 2.主観的アンケートの再構築 疼痛感覚の誘発実験では、電気刺激で知覚した痛みをアンケート内から選択させることで分類評価した。しかし、事前に用意した言葉や表現には曖昧なものが含まれ、被験者が理解しづらいことも確認できた。また、実験データの分析結果として、痛みに関する言葉や表現には測定部位に依存するものが含まれている可能性が示唆され、測定部位ごとに専用のアンケートを準備する必要があるかもしれない。以上より、平成30年度はより多くの実験データを収集して、主観的アンケートの再構築とその運用方法について検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度は前年度に開発したシステムを用いて被験者を対象とした実験を行うと同時に、コンピュータ制御による新たなシステムの改良に取り組んだ。特に、本年度はシステムの問題点を把握するために基礎データの蓄積と分析により多くの時間を割くことになった。その結果として、支給された予算をすべて執行するまでには至らなかったが、本研究は概ね計画通りに進行していると考えている。一方で、新システムの開発に必要な部品調達が年度末に集中してしまい、一部の消耗品が期限内に納期できなかったことも使用額に差が生じた原因と考えられる。 今年度の未使用金は、年度末に購入・納期された未処理の消耗品に割り当てて執行する予定である。また、残りの交付金については、コンピュータの自動制御化に関わる電子部品や研究論文の作成に必要な費用として一部割り当てることを計画している。
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