申請者らは高地環境に対する人間の医学生理的適応について調査してきた。近年、標高と自殺率には強い正の相関があるとの報告が相次いでいるが、申請者はヒマラヤやアンデス地域に住む高齢者にはうつ病が少なく、また自然災害後の外傷後ストレス障害(PTSD)の発症頻度が低いということを報告した。宗教観や地域共同体の結びつきなどがうつ病やPTSDなどの精神障害の発症に抑止的に働いている可能性があり、本研究はその要因を医療人類学的見地から明らかにすることを目的とした。 インドの高山地帯であるラダック地方のドムカル村をフィールドワークの場とし、2年目である平成29年度には204人の住民が検診に参加した。現地の医療スタッフの協力もあり、スムーズに検診を行うことができた。検診では身長・体重測定、血圧測定、血液検査による糖尿病や脂質異常症のチェックを行い、宗教に対する信仰心やソーシャルサポート、性格特性に対するアンケートも実施した。今回の調査では、用いた質問紙による測定法の限界もあるかもしれないが、敬虔な信仰心、ソーシャルサポート、性格特性はうつ病の発症に抑止的に働くと統計学的には示すことはできなかった。その理由として病気の発症を個人の特質に還元しようとする考え方ではなく、コミュニティそのものがうつ病に抑止的に働いている可能性が示唆された。今後はコミュニティのうつ病抑止力について検討していくために、質的研究もおこないつつ、量的研究をすすめていきたい。
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