最終年度となる平成29年度においては、(1)3回の現地調査、(2)文献資料の収集と整理、(3)研究成果の口頭発表、(4)研究成果の論文化を概ね研究計画通りに実施した。 前年度までの研究では、高知県下の生活者は、しばしば憑きもの筋研究の成果へ「言及」してきたとの見解を提出した。平成29年度の研究では、土佐の民間信仰と学術研究を下敷きにしたフィクション作品を交え、「学術研究」、「生活世界」、「フィクション作品」の三者の間に生じる相互作用を議論した。 前年度までの議論から、(1)学術研究の言説から生活世界の言説への働きかけ(研究成果の社会還元)、(2)生活世界の言説から学術研究の言説への働きかけ(生活者による様々な言及)の存在はすでに明示している。平成29年度の議論では、坂東眞砂子の伝奇小説『狗神』、『鬼神の狂乱』を事例として、(3)生活世界の言説からフィクション作品の言説への働きかけ、(4)学術研究の言説からフィクション作品の言説への働きかけが存在することを確認した。加えて、地方新聞『高知新聞』、『毎日新聞高知地方版』に掲載された記事によると、『狗神』に触発されて高知県下の犬神にまつわる現地調査を敢行したアクターの存在が明らかとなり、(5)フィクション作品の言説から生活世界の言説への働きかけも実行力を伴って存在したことが分かった。また、従来看過されてきた、(6)フィクション作品の言説から学術研究の言説への働きかけに対して、本研究が初めて注目したと言えよう。 これら6種の働きかけを総合すると、戦後の高知県下における「犬神」言説の変容は、近代化に伴う民俗事象の後景化として一般化できるものではなく、「高知県」というフィールド独自の要因が相互に影響し合った結果生じた事態であると結論付けられる。
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